ど-604.さすらうもの
のんびりくらり。
「さすらいの剣士とか格好良くね?」
「また唐突なご質問で御座いますね、旦那様」
「ふと思いついたんだからしょうがないだろ」
「そうで御座いますね。旦那様が唐突に変なことを仰られるなどいつもの事ですか」
「そうだ、そうだとも」
「さすらいの剣士――ああ、つまりは集団に属することが出来ない独り善がりの自分勝手野郎のことですか」
「……ま、またみもふたも無い言い方を」
「もしくはラライ様のように一箇所にとどまることが出来ない理由がある問題児、でしょうか」
「あ、そう言えばラライってまさに“さすらいの剣士”って感じだったな」
「はい。旦那様には遠く及びませんが、一言で言えばアレほどの駄目人間はそうはいないでしょう。家事炊事選択、全てにおいて駄目。先頭のみかろうじて及第点ではありますが、それは以外はとてもともて……私があれだけ教育したと言うのに結果はゼロ。……ああ、ちょっとラライ様にお会いしたくなってきました」
「いやいや、ちょい待て」
「はい、如何なさいましたか、旦那様? 私、たった今急用が出来たのですが?」
「急用って何だよ、急用って」
「急にラライ様に会いたくなりました、他意は御座いません」
「急にって……いや、まぁ俺に害が無いなら別にいいんだけどさ」
「では旦那様、私はこれで――」
「って、だからちょっと待てって」
「……まだ何か御用でしょうか? それとも旦那様、やはり私とそこまで、刹那たりとも離れたくないと仰ってくださるのですね」
「いや、そんなことは誰も言ってない」
「そんなこともあろうかと、はい、こちらをご用意しております」
「や、だから」
「あれは少し前のことになりますが、私が技術の粋を尽くして創造・作成した秘密(?)の七つ道具、『祝音の羽』で御座います」
「祝音……? ――俺でも初めて見るな、それ?」
「はい。旦那様には秘密裏に作成いたしましたので」
「……俺に、秘密裏に?」
「はい。ところで旦那様、何故後退りになられれておられるのですか?」
「何故って……ふっ、言葉で語るまでも無い」
「では旦那様、」
「よし、逃げよう」
「――何故お逃げになられるので?」
「離せっ、離しやがれ、このっ!!」
「はい、では仰るとおりに」
「って、うわ!? きゅ、急に離すなよ!?」
「と、見せかけて」
「――なっ!!??」
「はい、旦那様に装着完了いたしました」
「……今更ながらに聞いておこう」
「はい、何でしょうか、旦那様。と、こちらは私へ装着、と。これで良しです」
「これ、何で形状が首輪なんだ? あとお前の方は腕輪って、これじゃまるで――」
「まるで、何でしょう?」
「……いや、皆まで言うまい」
「飼い主とイヌでしょうか?」
「ってだからはっきり言うなよ!?」
「私はいついかなるときも旦那様のイヌのごとき存在に御座います」
「……あれ、おかしいなー? 言葉で殊勝なこと言ってるくせに何でテメェはさっきから微妙にこの首輪の鎖を引っ張ってきてるんだ?」
「いえ、取り敢えず初発動なので調子を見ているところで御座います。ふむ、鎖の強度は問題なしですね。我ながら良い出来です」
「痛っ、痛ぇよ、そんなに引っ張るなっ」
「いえ、やはりこれくらいは引っ張らないと強度の確認が……えいっ♪」
「っお!!?? ――ってぇ、ずいぶんと楽しそうだなぁ、おい!!」
「こう、何となく湧き上がってくる気持ちがあるのですがこれは何でしょうか?」
「間違いだ気の所為だ勘違いだ、多分ちょっとだけ気分が高揚している所為だから気にするな考えるな」
「これが……愛?」
「違う、間違いなく違う」
「まあそんな冗談はさておくとしまして」
「冗談じゃ無かった! 今のは絶対冗談じゃなかった、マジだった!!」
「ほら、いい声でお啼き、旦那様」
「うきゃっ!? って、だからその鎖を引っ張るなっ!!」
「おっと、これは申し訳御座いません、旦那様。引っ張るつもりはそれほど無かったのですが、この手が勝手に動いてしまうのです、困りモノですね?」
「困りものって、一番の困り者はテメェだよっ!!」
「ふふっ……さて、鎖の強度は良し、では次は、――祝音、発動させていただきます、旦那様」
「――?」
「……成功、ですね」
「鎖が消え、」
「鎖だけではないですよ?」
「あ、本当だ。俺の首輪と、お前の腕輪も消えてる? ……感触も無いな、見えなくなってるだけじゃない、と」
「はい。概念を世界に溶かして効果のみを固定化しておりますので、物質としての『祝音の羽』は既に存在しておりません」
「……ほぅ、成程。そういう効果かー」
「はい。ですので鎖を引っ張って旦那様を傅かせるという魅力的な事はこれでもう出来ませんね。残念です」
「残念じゃねえよっ」
「そうですね。この程度のこといつでも出来ますし?」
「出来ないししないし、何よりするなっ!」
「ほんのお茶目心が働いたときのみ、この手が悪さをしてしまうかもしれませんがそのときはお許しくださいませ、旦那様」
「わざとだ! 絶対わざとだ!!」
「では次に……ふむ、こちらの機能も問題なしのようですね」
「……こちら? いやまて、今の機能の確認って、何の機能だっ?」
「お楽しみです」
「何の楽しみだっ!?」
「では旦那様、私は少々ラライ様を調教、いえ、教育、いえ、成敗……違いました、少し会ってまいります」
「いや! だから、お前、これってどんな効果が――、そこのところ詳しくっ」
「まあ機能をひとつだけ申し上げておきますと、旦那様の心拍数がいつどんなときでも“私が耳を澄まさなくとも”分かるようになること、でしょうか。まあこれは正直なところ、私が集中すれば旦那様の心音程度聞き取れるので、大した機能では御座いませんが」
「……というよりおまえ自身のスペックにびっくりだよ、俺は」
「お褒め頂ありがとう御座います、旦那様」
「いや、間違いなく褒めてはねぇ」
「そうなのですか? まあ後は旦那様の心を読めるようになること……これも、まあいつでも“出来る”ので意味は無いですね」
「出来るのかよっ!? つか読むなっ、俺の心を読むんじゃねえっ!!」
「旦那様は大変に分かりやすいお方で御座いますから」
「ぐっ……祖、そんなに俺ってわかりやすいか?」
「はい。大変に」
「と、まあ大半の機能は然して意味の無いものですのでお気になさらずに」
「……お前にとっては、な」
「はい」
「と言うか俺としてはその“大半の機能は”って詞書になるわけだが」
「では旦那様、私はこれで失礼させていただきます」
「露骨に話題を嫌ったよコイツ!?」
「楽しみは後に取っておいた方が宜しいでしょう? では、失礼――」
「いや、失礼させてたまるかっ」
「させていただきますよ?」
「くっ――」
・・・やふー