Later-破壊の王と公君と-
スィーカット、小瓶の悪魔で、この世界の“外”から来た存在。
で、その同類の公君。
――素は空間。何もない、空の間。世界の理の通じぬ、世界のどこでもない場所。
「……ふむ」
男が目を開く。
それは実に久し振りで――一万年を一周期として――果たして何百周期振りのことか。少なくとも男自身はとうの昔に数える事を止めていた。
「目覚めたか」
男以外は誰もいないはずの空間。そこに響いた声に男は視線をやり、“同類”の姿を久方振りにその瞳に写した。
「……破王か、久しいな」
「そうだな。こうして汝と面と向かって話すのは何百周期振りになる、チートクライ」
「ふっ、“チートクライ”はつい先ほど死んだ。今の俺は『公君』だ」
「公君――その名を聞かぬようになって随分になるのだろうな」
「それはお前も同じことだろう、破王」
「……我は既に傍観者の身の上だ。外の世界に興味はない」
「“あの”破王の言葉とも思えない言葉だが。未だあの龍に操を立てているようだな」
「――」
「そう怖い顔で睨むな、破王」
「……彼女は納得して逝った。だがソレと我の汝への怒りとは別物だと言う事を忘れるな」
「忘れるわけがない。だが、“その世界”に縛られたお前が俺の相手になるとでも?」
「今なら、なろう。久方振りで万全でない汝ならば今の我でも屠るには十分だ」
「ふっ、ばれていたか」
「それに忘れてもらっては困る。我は――破王ぞ?」
「……――『全てを破壊する王、即ち破王』、壊す事に掛けて並ぶものはおらず……ああ、つまり今お前を縛る世界の制約すらもお前にとっては無意味と言うことか」
「そうだ」
「だがそれはハッタリだろう? お前はこの世界の縛りを捨てられない」
「……」
「だが、それでも今の俺がお前に敵わないと言うのは正しいな。本来の自分の身体だと言うのに使い方を忘れてしまっている。愉快なことだ」
「――」
「まあ待て。お前とやり合う気はない。それに今の俺はすこぶる気分が良い。――【世界の種子】、確かにあの女が言う通り愉快な答えは見せてもらったからな」
「【世界の種子】か。それが数百周期を掛けて出した汝の答えと言う訳か、公君」
「そうだ。世界は育ち、そして新たな世界の種を育む。……ふむ、そうなると次は世界の“終わり”が見てみたいものだな」
「――分かっているとは思うが」
「要らぬ心配だ、破王。お前がいる限りこの世界に手は出さないさ」
「……それはどう言う気紛れだ」
「先達への畏敬の念とでも捉えてもらえればよい」
「先達への畏敬の念? そんなモノ、汝にはないだろう」
「まあ、それもそうだが。なに、これも単なる気まぐれ――『破王』に手を出すリスクを踏まえて、そしてささやかながらあの【世界の種子】への敬意だ」
「敬意か、それも汝には合わぬ言葉だな」
「俺もそう思うさ。だが、あぁ、そうだな、あの女に『これからのお前に幸と災いが数多に在らん事を切に願う』とでも伝えておいてくれ」
「断る」
「そうか、それは残念なことだ」
「用がないなら、疾く去れ。汝の気配はいつであろうと不快だ」
「そう言うな、破王。それに俺に会いに来たのはお前の方だろう?」
「これ以上汝がこの世界に手を出せぬ様、必要とあらば壊しに来た、それだけだ。――最早この世界、遊ぶ意思ないならば去れ、公君」
「……やれやれ。今は万全ではないと言っただろう? こんな状態で“外”に出れば良い標的だ。そうは思わないか?」
「それは我の預かる所ではない」
「――クッ、その通りだ、破王」
「去れ」
「仕方ないことだ。ではこれ以上お前を刺激しないよう、俺は去るとしよう。いや、この世界で“神”となっているのは中々楽しい時間だったぞ?」
「――」
「言葉もなしか。つれない……が、まあ俺と話をするのも楽しいものではないだろう。いやはや、それでは俺は行かせてもらうとするか」
「――」
「では、破王。機会があれば――この世界の命運尽きたその後にまた逢おう」
「その時、既に我は何処にもいない」
「……そうか。長い付き合いの“同類”を亡くすのもそれはそれで寂しいものだな」
「清々する輩の方が多いだろうよ」
「全くだ。では破王、去らばだ」
「――二度と汝には会わぬ、公君」
「くくくっ」
そうして、最後に笑い声を残して男がこの世界の狭間から消える。
後に残った男は一人。
「――ルーロン、か。……詮無きことだ」
『はぁ~い♪ 呼んだ? って、あれ、スィじゃない。お久~』
「――な、」
いや、もう一人――と呼んでいいのかどうか、空気を微塵も読まない残念思念体が忽然とその場に現れて。
威風堂々、破王と呼ばれていた男は瞬きすらも忘れて……硬直した。
『久し振りだね、スィーカット。ようやくあんたに会う覚悟ができたよ……って、お~い、聞いてる? 聞いてくれてる~??』
・・・空気を読まないのは当然のことさッ
いやいや、一日遅れてしまった。