OP-28-蹂躙-
・・・あれ?
『魔法少女プリティ・リューン』に浄化の魔法の直撃を受けてしまったレムとチートクライは今――
「はー、茶が美味い。お前も一杯どうだ?」
「……ああ、頂こうか」
「まま、遠慮せずに一杯いっとけ」
「ああ。……――ほぅ、コレは中々いけるものだな」
「だろう? 我ながら快心の淹れ具合だと思うぞ、これは」
「ああ、確かに……――やはり美味い」
「……ふー、しかしなんつーか、こうしてると落ち着くなぁ」
「全くだ」
「こうやって世界中の皆が美味い茶飲んで、のんびりしてりゃ争い事とかも起きずに済むんだろうなぁ」
「全くだな」
「あ、でもそうすると仕事が手につかなくなるか。これは参った」
「何、その時はその時考えればいいではないか」
「それもそうかー」
「そうだとも」
「ズズ……ふはぁ、しかし茶が美味い」
「全くだ」
「おっと? 湯呑の中身が空じゃないか。気がつかなくて悪い」
「いや、気にするな」
「ほらよ、もう一杯」
「ああ、悪いな」
「いいって事よ」
「……うむ、美味い」
「だろう?」
荒野のど真ん中で、つい先ほどまで死闘していたとは思えないほど馴染んでいた。
いや、馴染むと言うよりはどちらかと言えば、老けていると言った方がいいのかもしれない。縁側でネコを膝に乗せながらお茶する御年配、的な感じである。
「――戦いの後はいつも虚しい」
一方でこちらは、杖っぽい何かを片手に何処か遠くを眺めている魔法少女が一人。
「カッケーですっ、魔法少女、カッケーなのですっ!!」
と、その魔法少女をキラキラした(本当に光り輝いている)愛で見つめる幼女が一人。
外から見れば実に色々と終わっている光景だっただろう。
◇◆◇
「――?」
ふと、レムが傾けていた湯呑の手を止めて空を見上げ――ソレに気づいた。
遅れてチートクライ、魔法少女プリティ・リューン、シャトゥの三名も空を見上げてそれに気が付く。
「……月?」
そう呟いたのはシャトゥか、それとも他の誰かだったか。
――空に漆黒の月が浮かんでいた。
「……ぁ、え?」
またそれは四人の中の誰の声か。
……分からない。理解も出来ず、その場にいた全員の身体が自然と震えだしていた。
レムが持っていた湯呑を、手を滑らせて取り落とす。
魔法少女プリティ・リューンは不思議そうに自分の手を、小刻みに震えて今にも杖を零しそうな手を見つめた。
シャトゥの全身からは冷や汗がにじみ出す。彼女自身が理解して無くとも身体はそれを分かっていると言う証なのか、未だ本人は口元が引き攣り半笑いになっている事に気づいていない。
チートクライでさえ、大きく目を見開いたまま、天上に突如として現れた漆黒の月を見上げたまま微動だにしていなかった。
「取り敢えず、状況が理解できませんね」
声が聞こえた。
それは決して大きな声ではないはずだった、だがはっきりと四人の耳にその声は届く。
「――ぶげっ!?」
と、同時にレムの身体が地面に沈んだ。
悠然と――否、当然とレムの頭部を踏みつけながら、くすんだ銀髪のメイドが一人佇む。
その顔は相変わらずの無表情――……ではあったが、それは誠に残念なことに『何も浮かべていない無表情』でないのが誰の目にも一目瞭然だった。
湧き上がる何かを押さえつけているかのような、だからこその無表情。
「先ずは状況説明を、旦那様」
「……」
「旦那様? 何故、彼の様なモノとのんきにお茶を呑み合っていたのか、その詳細なご説明を頂きたいのですが。……聞こえておりますか、旦那様?」
地面に顔を突っ込んだレムからの返答はない。
足でぐりぐりと踏みつけても、時々身体がぴくぴくと震える程度で意識があるのかどうかも怪しい。
「実は私、今し方よりも僅かに遡ること昔、非常に深く反省しておりました。あのような無様な姿をお見せしてしまい、これでは旦那様の【楯】としても【矛】としても、何より旦那様と伴に在る者として情けないことこの上ないと。ええ、確かに世界の深淵よりも深く反省しておりました」
「……」
「――で?」
「……」
「これは果たして一体、どのような状況なのでしょう。即刻、言い訳も言い逃れも取り繕いも一切必要なしにご説明願いたいのですが?」
「……」
「旦那様? 先程から何をタヌキ寝入りをしておられるのでしょう? 聞こえていらっしゃるのでしょう? 何かお答えくださいませ」
「……」
足でぐりぐりと、ぐりぐりと。
レムからの反応は無い。いや、あると言えばあるのだが、見事に情けなく突き出された尻がピクピク震えて――……これは流石に反応とは言えないか。
「旦那様? まさか本気で――」
「……」
「……、そう言えば忘れていましたが、今は完全に無制限(リミッタ―オフ)状態でしたか。どの道この程度で参る旦那様ではないと存じ上げておりますが――?」
「……」
「旦那様、いい加減に何か仰って下さらないと――捩じりますよ?」
「ぁ、ぁの、母様?」
「何ですか、シャトゥ。それとも貴女が旦那様に変わり今の状況の説明をしてくれるのですか?」
レムの頭を地面に捻じ込んだまま――重要なことなので二度言うがレムの頭を踏み潰してぐりぐりしたまま、くすんだ銀髪のメイドが向けた視線に、シャトゥは一瞬で硬直した。
「――」
「シャトゥ?」
「――」
「シャトゥ、何か――言いなさい」
「母様ごめんなちゅにゅっ!!!!」
噛んだ。
思いっきり噛んだ、けれどもシャトゥは涙目になりながらもそれ以上痛がる様子を見せる事は無かった。理由は当然――たとえどんな理由があろうとも今、目の前から視線を外す事は死に……或いは今地面にむごたらしく沈んでいるレムと同等の扱いを受けることに値すると理性よりも何よりも本能が理解しているからである。
「……シャトゥ」
「……ひゃい、母様」
「余りふざけてばかりいると沈めますよ?」
「母様我は何もふざけてないのお願い信じて!?」
「……」
「……」
「――分かりました、嘘はついていないようですね、信じましょう」
「……ほっ」
「それで一体何ですか、シャトゥ」
「あ、あのね母様――」
「下らない用事ならば問答無用で沈めます」
「レムは本当に気絶してるから返事したくても出来ないと思うのっ!!!!」
「旦那様が? まさか、旦那様ならばこの程度のことで気絶したりなどしません。シャトゥ、余り旦那様を甘く見ては駄目です。――と言うよりもシャトゥ、旦那様の事に対して私に忠告など何様のつもりですか」
「女神さ、」
「――」
沈んだ。
何が、とは言わないし敢えて直視もしない。ただ最後に、遺言(?)があるとすれば恐らくこんな感じだろう。
『アレは我の所為じゃないの我の内に住まう魂が勝手にッ!!』
「連帯責任です、シャトゥ、シャトゥルヌーメ」
完全に脱力しきった幼女の頭を鷲掴みにぶら下げたまま、その足元には尻を大きく突き出したような形で頭が地面にのめり込んでいる男の姿。
無表情なくすんだ銀髪のメイドの姿は間違いなく、恐怖の対象だった。
からん、と硬質な音が――不思議と静寂と化していた世界に響き渡る。
彼女の視線が静かにゆっくりと、音の元へと向いた。
「っ!!」
音源の元、遂に緊張のあまり杖を手から落とした魔法少女プリティ・リューンはその視線を受けて大きく身を竦ませた。
「――そのふざけた衣装は旦那様の妄想ノートの第157篇で見た覚えがありますね、何処の誰か分からないよう認識阻害の魔法、魔術? 奇妙な“法則”まで創り上げて……アルーシア様ですね」
「!!」
「認識できる状況証拠だけでその程度の推測は立ちます、アルーシア様」
「……ぁぅぁぅ」
「アルーシア様はこの現状について何かご存知ですか?」
「……ぷ、プリティ・リューンが悪い子にはオシオキ、」
その言葉は途中で止まる。
改めて、杖を落としていた事に気がついたのが一つ。そしてもう一つ――どちらかと言えばこちらの要因が大きいが――首筋を撫でると同時、その声が真横から聞こえた。
「――アル? 私は知っているかと聞いているのだけれど?」
全く、無感情な声だった。
高揚もない、まるで機械が発したような――どちらかと言えば機会の方が何千倍もマシな、ただ美しいが故にゾッとしない声。
思考の全てが真っ白に塗り潰された中で魔法少女プリティ・リューンが考え得た事は一つだけ、首筋に添えられた彼女の手が冷たいな、と言う場違いな感想くらいだった。
「……」
「――失礼。そもそもアルーシア様にお聞きするよりも確かな方がまだ居らっしゃいましたね」
知り憑きだして顔面地面にめり込ませ、惨め極まりない恰好のレム。
くすんだ銀髪のメイドの片手の中でぷらぷらと気を失っているシャトゥ。
極度の、恐らく生まれて初めて感じるであろうプレッシャーに硬直したままの魔法少女プリティ・リューン。
彼女の視線は当然の様に、残った一人へと向いた。
メイドさんへの万歳三唱。
更新、再開です。