OP-27-回想-
呆けてました、テヘッ
旦那様を膝の上に載せながらその顔を眺める。
正直なところ、こうしていることが私はとても“怖い”。
旦那様の寝顔をこうして眺めていて全く飽きがこない――むしろずっと見て痛いとさえ思えてしまうのだから、間違いなく私は重病なのだろう。
……と、思っていたが今回はもうタイムリミットらしい。旦那様が目を覚まされる。
少し残念なようで、でもこれで旦那様の声が聞けると思うと嬉しくなる。いつもの事ながら――私たちは本当に重病だ。
『……ん?』
――お目覚めで御座いますか、旦那様?
『あ、ああ……、?』
――旦那様、何処か痛い所は御座いませんか?
『いや、大丈夫だ』
――そうですか。それは安心いたしました。
『……で、何で膝枕?』
――旦那様を治療しているからに決まっています。そして何より私がこうしたいから、旦那様に膝枕をしております。
『あ、そか』
――はい
『あ、そだ。ちょいこっち、』
――はい?
『もう少し、こう屈む感じで近寄ってくれ』
――はあ、こうです、
それは余りにも不意打ちだ。
もう、こう、いつか必ず自分から奪いに行ってやると心に決めて、今もまだ実行できたためしがないのだから旦那様は本当にずるいと思う。
ちゅ、と。
軽く唇が触れ合うだけの口づけ。けれどそれが何であろうと、キスである事に変わりは無い。
――いきなり何をなされるのですか
『何って、唇触れあって~、なキス?』
――……されるのは結構ですが、
努めて冷静に言ったつもりだったけれど、それに対する答えは目の前のニヤケ笑い。――沈めて良いだろうか?
――旦那様はいつも戯れが過ぎると思います
『ま、そう言うなって』
邪気なく笑うその笑顔は、何と言うか……正面から殴り飛ばして怒り顔に変えたくなるくらい――直視できなかった。
だから、このヒトは本当に私の旦那様で、旦那様なお方だ。
『んー、まっ、……それじゃあ十分に休んだことだし、』
――参られますか?
『ああそろそろ……』
――旦那様との蜜月も一旦お預けと言う事で、真に名残惜しいですが――
本当に、心の底から名残惜しいのですが……果たして旦那様はどのくらい私の事を分かってくれているのか、
惜しむらくも、旦那様の温もりのまだ残る膝を、両手でその熱を逃がさぬ様に立ち上がり。それから半身になっている旦那様へと手を指しのば――
「そう急く事は無い。もっと――永遠にゆっくりしていくと良い」
――ぇ?
身体の中を、何か冷たいモノが突き抜けた。
折角、旦那様から頂いたこの温もりを、私の胸を貫く冷たい何かは一切の容赦なく奪い去っていく。
【“保存”しろ】
なんて、そんな言葉が微かに聞こえた気がしたけれども、そんなことは私たちには一切関係がない。
――
――
――――
――――
こう言う時何と言えばいいのか、ごく自然と旦那様の言葉を思い出した。
「――本当に怒る時こそ極めて冷静に」
ああ、今の私は実に冷静だった。
つい先ほどまでは余りの出来事に“呆けて”しまっていたのだけれど、ようやく思考が追いついた。
私とした事がどれくらいの間、“呆けて”しまっていたのだろうか?
「――」
服についた埃を軽く払い除ける。
その際、ついでに私を封印していたらしい結界を壊してしまったけれど些細なこと。
一応、服にシワがついていないかを一瞥して確認して、やはり少しだけ高ぶって来た気を落ち着ける意味でも、一つ深く息を吐いた。
「……ええ、私は十分に冷静ですとも」
私は冷静だ。
「しかしどうしたものでしょうね? まさかあのタイミングで邪魔が入るとは思ってもおりませんでしたが、幾ら旦那様の御前を言えど、気を緩め過ぎていましたか。そこは反省せねばいけませんね」
口に出すのは自分への確認のため。そこにあるのは確認する必要もない意志ではあったけれど。
反省は――しよう。今も旦那様にあんな無様な姿を晒してしまった事を深く後悔している最中でもある。
でも、けれど。今はそんな事よりも。
「……ふぅ。では、」
大丈夫、私は極めて冷静に――
――隷属の刻印、第一、第二防壁崩か……第三、四、五――妨害回復共に追いつきま、…………コード『黒白』【解放】、……『刻印』システム、復旧開始します
「――狩りましょうか」
メイドさんは無敵です。最強とかじゃなくて、敵なしと言う意味で無敵。