OP-3
・・・やっべ、何コレ。レム単体の時と違って段違いで書きやすいんですが(笑)
シャトゥルヌーメ、珍しく女神様(?)としての奮闘。
「それはどう言う事かっ、意義を申し立てるっ!」
「意義も何もあるか、このバカは……」
「バカで悪いか、恋する乙女はいつだってばかになっちゃう……と、昔ルーロンが言っていた気がする」
「お前の場合はそうでも、おい」
「はいっ! なんですか?」
「うし――」
後、と口にするよりも先、翡翠の輝きが迫っていた。
周囲を侵すよう、空間そのものを侵食しているように広がったソレは、その勢いのまま幼女を喰らおうと襲い掛かる。
チッ――と内心舌打ちで、手助けを……“必要ない”と判断して、その場から一人跳び退く。
男に対して後ろを向いていた幼女はソレに全く気付かなかったのか、幼女の姿が翡翠の輝きの中に飲み込まれていき、
「俺を前に余所見とは随分と余裕がある――ッ!?」
≪Set――堕ちろ≫
瞬間、世界が停まった。
翡翠色の輝き、その全てが地に堕ちる。塗り潰され、押し潰されて粉々に、散り散りに一片残さず消し飛ばされる。
かつて幼女が居た場所にその姿は既になく。
身も凍る――或いは何処までも温かな揺り籠の様な静寂の中、その声だけが揚々と響き渡った。
「――チートクライ? 私は貴方の事は大嫌いですけど、彼との時間を邪魔する貴方はもっと嫌いです」
「……シャトゥルヌーメ」
やっと、と言った感じの苦々しい声が男の口から洩れて出る。
男の肩の上に腰掛けて、真紅の大鎌を片手でその首筋に突き付けている赤い幼女の姿はまるで死神の様に――それでもなお神々しいまでにその姿は“女神”だった。
「貴方に選択を差し上げます。このまま魂を砕き素直に封印されるか、あるいはその身体から出て今後大人しくしていると誓うか、」
「――シャトゥルヌーメ、お前の最大の欠点はその何処までも身内に甘い所だな。問答無用でこの男ごと切り刻んでおけば今の一瞬で俺は沈んでいたぞ?」
「でしょうね。貴方が私に油断していた今の一瞬が一番の好機でしたから」
「だがそれも潰えた。今のお前が唯一、俺に勝てるだろう瞬間をお前の甘さが潰したぞ?」
「――そうでしょうか?」
紅蓮の大鎌が僅かに男の喉元に喰い込む。
血は出ない、大鎌はそういうものであり、引き裂くのは心、精神、魂と言った存在そのものであり――ある意味肉体を傷つけられるよりも余程性質の悪い代物なのだから。
だがその状況に置いてなお、男の表情に焦りや恐怖と言ったものの変化は無かった。ただ、詰まらなそうな瞳で紅蓮の刃を見下ろしているだけ。
「私があれ以来、何もせずにただののうのうと過ごしていたとでも思っていますか?」
「いいや? 俺はお前の事はそれなりに買っているのでな。恋などと言うモノに溺れなければ、お前は間違いなく最大の障害になっていただろう」
「そうですか。それは奇遇ですね。私も、貴方はいつか私の子達に害をなすだろう――そう確信していましたよ?」
「くはっ、それではお互いがお互いに邪魔だった、と言うことか」
「そうなります」
「そしてそれは今も変わらない、か?」
「ええ」
「――だからこそお前の甘さは致命的なのだよ、シャトゥルヌーメ」
男が無造作に大鎌を掴む。――ただそれだけで、大鎌は霧散した。
「――ッ」
続けざま伸びた手が逃げようとしていた幼女の片足を掴み、地面へと引きずり落とす。
形勢は一瞬のうちに逆転していた。
「この男の能力は中々に便利だぞ? 暴食、傲慢、強欲。望み、望み、そして望み、他者より奪い取る。――素晴らしいまでにヒトとしての在り方を示した力だ、コレは」
「ッ、離し――」
「動くなよ? 俺はシャトゥルヌーメ程甘くは無い。お前も知っているだろう? だからしばらくそこで傍観していろ」
幼女の顔面を鷲掴みにして、口にした警告は組敷いた幼女に対してではなく、睨みつけ今まさに飛びかかろうとしていた―こちらに向けてのモノ。
止むなく、動く事を諦めた。
「さて、シャトゥルヌーメ。話の続きと行こうか」
「……女を組敷いておいてそれから“話”ですか。相変わらずする事が最低ですね、チートクライ」
「どちらが有利かはっきりしている方が話し合いは円滑に進む。お前はそうは思わないか、シャトゥルヌーメ?」
「怖気のする見解の相違ですね」
「そうか、それは残念だ」
「そう、思ってもいないくせに」
「ヒトとは建前に縛られる生き物だ。神々(われら)とてそれは変わらないさ。だからこそ俺は先ず建前を言う様にしているのだが――不思議と不評しかえていないようだ。何故だろうな?」
「クソ喰らえ、です」
「女神がそう汚い口を聞くものではないと思うがね、シャトゥルヌーメ?」
「そうですね――貴方には糞尿でもまだ勿体ないくらいです」
「やれ、嫌われたものだ」
「女を無理矢理組敷いて嫌われない男が居るとでも思いますか?」
「――稀有な例だがソコに居ると思うが?」
「……」
男の視線がこっちを向いて――幼女はそれを黙殺した。
「第一にお前が自分の事を女、俺の事を男と思っているとは思わなかったがな?」
「――私は“乙女”です」
「そうか……ククッ、そうか、一つの“恋”が女神をそこまで変える、か――あぁ、いや、失礼。笑うのは余りにも失礼だったな、シャトゥルヌーメ」
「――」
「しかしだが、俺の方は性欲などとうの昔に枯れ果てていてな? 今一番あるのはそう、――知識欲だ」
「ッッ」
鷲掴みにした手が淡く翡翠色の輝きを放つ。
幼女は抵抗、の素振りを見せようとしたが直後に力が抜けたようにくったりと倒れ込んでいた。
――直後、男の片腕が吹き飛んだ。
「……ふむ」
吹き飛んだ自分の腕を見るその視線は冷たく、冷静に、何処までも『観察対象』としてのモノでしかなく。
それを意に介した様子は微塵もなく、一言『再生』と呟いた次の瞬間には吹き飛んだはずの腕は元通りに再生されていた。
「女神の力は小人程度の身体では耐えきれないか。やはり――代わりの肉体は必要か」
再生された腕の具合を確かめながら一人呟き、その眼前から声がかかった。
「――で、気は済んだか?」
「ああ。全て想定通りで詰まらない限りだったがな」
「そうかよ、そりゃ――ざまぁ」
「ああ、それとシャトゥルヌーメは今の所、無事だ。安心して良いぞ」
「見りゃ分かる」
「そうか? その割には心配そうだが……ああ、別に隠さなくても良い。今は力を奪われかけた影響で気を失っただけだろうよ。残念ながら身体が耐え切れなかったようで奪う事は出来なかったがな」
「聞いてねえよ」
「そうか? だが結果の報告は必要だろう? 何より口にする事で俺の考えも自然とまとまる」
「だから、んなこと聞いてねえよ」
「そうか。――まあ、いい。それと素直に女神は返そう」
男が幼女の身体を蹴り飛ばして、弾丸さながらの速度で向かってくる、それはまさに赤い流星。
当然、避けた。
結果、幼女は顔面から壁に激突した。
「さて、それでは――」
男が言葉を口にしかけ、その前に赤い軌跡が先程の巻き戻しのようにして、戻ってきた。
「――ちょ、なんで優しく受け止めない!?」
ちょっぴり涙目の赤い幼女が服の裾を掴んで上目遣いで見つめていた。
一瞥だけ、彼女に視線を送り――それ以上は不要と再び男へと厳しい視線を戻す。
「寝た振りしてんな、このバカ。心配するだろうが」
「……うん!」
メイドさんが居ない今、我らがシャトゥちゃんの天下だ!
いや、儚い天下っすね?