結晶2
「加太郎君は、大人になったらどんなお仕事したいの?」
「えーとね、漫画!漫画書くお仕事したい!強くてカッコイイヒーローがね、悪い奴から世界を守るんだ」
10年くらい前、そんなことを恥ずかしげもなく言っていたことを、ふと思い出した。当時、結晶を片手に日々ヒーローごっこに明け暮れ、決して姿を見ることのできない妄想に拳を振るったものである。だが、その妄想は僕だけのものではない。一緒にヒーローごっこをしていた子供たちには、間違いなく認識できる敵がいたはずだ(もちろん、妄想の怪人の姿は人それぞれではあっただろうが)。僕たちがヒーローごっこをするときは、誰かがヒーロー役で、誰かが悪役をするというように役分けをすることはなかった。皆が悪を倒すヒーロー、それが当たり前の世界。
大学生となった今でも、間違いなく認識できる怪人がいる。
「どうしよう天使ちゃん、僕...留年かも...」
「岡さん、講義中はずっと寝てたうえに、試験も解けないで単位だけもらおうなんて考えが甘々ですね」
僕にとって、あの教授の講義は居眠りせざるをえない。耳に入ってくる呪文は僕を心地よい眠りへと誘う魔術だ。つまり、教授は怪人さん。しかも、単位をくれずに僕を留年の絶望に落としいれようとする。全くの無意識にだ。怖い怖い怖い怖い怖い怖いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい...
「そういえば岡さん、この前のあのキラキラした綺麗な石って何なんですか?あの時は何も考えずに渡しちゃいましたけど、よくよく考えたら岡さんに全然似合わないなーなんて思っちゃったりして」
「僕、宝石とか光物に興味があるんだ、なんて言ったらどうする?」
「わー可愛い趣味ですね!とでも言ってほしいんですか?」
「天使ちゃんの反応聞いて安心したよ。あれは、まあ何だろ、僕にとってたったひとつの宝物かな」
天使ちゃんの頬が僅かに桃色に染まり、そして我慢できなくなったのか表情筋が緩んできた。
「宝石が、ぷっ...岡さんの、タカラモノですかー。乙女なロマンチストみたいですね」
可愛らしいお顔じゃなかったらぶん殴ってたな、親にいただいたその顔に感謝しやがれ。心の中で悪態をつきながら、小走り気味に階段を駆け降りた。
結局、失くなった結晶のことを天使ちゃんに詳しく話すことはなかった。
読んでくださりありがとうございます