君との再会を願おう
行き過ぎた兄弟愛が若干同性愛っぽくなっていますので、嫌な方はブラウザバックしてください。すみません。
そうして俺は、神を呼び出した。
俺の頭より2m近く高い場所に、金色の光を纏って出現した神は、つまらなさそうに見降ろしてきた。その眼の青いこと。気を抜けば魂まで吸い込まれてしまいそうなほど青かった。神は、俺が考えていたどんな姿よりも美しく、人知を超えた存在なのだといやでも理解させられた。
「何か私に用か、人間」
「大いなる神よ、貴方に叶えてもらいたい願いがあります」
即座にその場で跪き、頭を垂れる。前もって用意していた台詞を吐いた。少し、声が震える。仕方、あるまい。まさか本当に俺の声に応えてくれるとは信じていなかったんだ。
「よかろう。光栄に思え、人間よ。私は今機嫌がよい」
機嫌がいい、なんてずいぶんと俗物みたいな神だ。軽く笑いかけて、あわてて気を引き締める。ここで機嫌を悪くされたら勘弁ならない。
やっと、叶う。
俺が、何年もの歳月をかけて実現させようとしてきたことが。
グッと強く拳を握りしめて、神を見上げた。バクバクと脈打つ心臓に落ち着けと念じる。この緊張を、周りに悟られてはいけない。俺は、常に堂々としていなければならない存在である。息を吸い込んで、その願いを告げた。
俺の、願いは。いるかもわからない存在にすがってまで叶えたい唯一の願いは。
「俺の願いは」
「バカな真似はやめろ!!」
コソコソと俺のことを嗅ぎまわっていた弟が、どうやらここを見つけたようだ。固く重いうえに結界を張って保護していたドアを強引に壊して無理やり入ってきた。騒音に、顔をしかめた。弟が暴れまわる前に押さえつけるよう、控えている護衛達へ後ろ手で合図する。彼らにはなるべく傷つけないよう命令をしていたが、どうやらうまく捕まえてくれたようだ。
いくら血のつながった弟とはいえ、していいことと悪い事がある。何よりも、ここで邪魔をされてはたまらない。折角、あと少しで叶うというのだ。視線をもどすと幸い、神の注意はまだ俺にひきつけられていた。不興も買っていないようで、おもしろそうに俺を見下ろしていた。
「…豊かにしてくれ。どこよりも、豊かに」
「それが、お前の願いか」
「そうだ」
確認をくどいと思いつつも、頷く。
豊かに。ただ、ひたすらに豊かさを望む。ほかよりも、秀でた豊かさを。
それさえあれば、他に怖いものなど何もない。冬を恐れる必要など、なくなる。
「その願いを叶えるなら、この国の民の命、もしくはお前の命を対価として貰おうか。どちらを選ぶ?」
クソみたいな神は、バカみたいな俺の願いを聞き入れた。
そして、対価としてクソみたいな要求を突き付ける。
「そんなの、決まっている」
聞かれるまでもない。端から決まっていることだ。
最後になるだろうから、ちらりと後ろを振り向いた。弟と、おそらく弟の仲間たちだろう3人がひどく滑稽な顔で口々にヤメロと叫んでいた。ああ、やめないとも。ここまで来て撤回するバカはいない。暴れる弟に呆れた視線を送り、それでも身動きを封じてしっかりと抑え込んでくれている護衛達に目線だけで謝罪する。無駄に元気のある弟を押さえつけるのは大変だろう。
ふと懐かしい日々を、思い出した。いつかもこうやって弟が怒られる様を俺は呆れて見下していた。まだ、この願いを想う前のことだった。
深く息を吸い込んだ。震える手を、血がにじむまで握りしめる。怖くなんて、ない。神は、ただ黙って俺の答えを待っている。わざとらしくにやりと口角を釣り上げて答えた。
「俺の命なんざ、いくらでもくれてやる。こんな、安いもんで叶うっていうんなら」
何もできない俺の命が役に立つというのなら。俺の命を対価で、本当にこの願いが叶うというのなら。
こんなもの、いくらでも差し出してやる。惜しくはない。
ゆっくりと立ち上がった。後ろの人間に神が興味を見出さないように、うまく隠せているだろうか。特に、うるさい弟に神の興味が移らないように。でなければ何のために遠ざけたのかわからなくなってしまう。視界を少しでも遮れていればいいのだけれども。
息をのむ音が聞こえた。ここにいる護衛達は、全てを知ってもなお俺に最後までついてきてくれると言ってくれた優しいやつらだから、驚いたのは弟とその仲間たちだろう。誤解していたのだな、と少し悲しくなる。だが、それも仕方ない。
視界の端に映った窓の外には極寒の大地が広がり、餓えた民たちの嘆きがあふれている。ああ、そうだとも。すべて俺のせいだ。
神話では、神は運命を廻し織りなすものとされている。つまり、あんたが運命を創ったんだろう?わかっていたというのか。それでも、良いとあんたは作り上げたのか。
見ろよ、神様。あんたがしでかした事態を!
この国の、現状を!!
冷たくなっていく我が子をただ抱きしめるしかない無力な母親の涙を、あんたは知っているのか。満足な食事もできずに餓える町民を、何の実りももたらさない大地にすがる農民を、動かなくなった親にしがみついて死んでいく子供たちを、それで良しと、神は成されたのか。
部屋を覆っていた冷気にくるまれて、冷たくなった息を吐き出した。今だけはせめて忘れてしまいたかった現実を思い出してしまい、顔を上げているだけの気力をなくして俯く。冷えた手先は血が回っていないからなのか、それとも…。
「だから…どうか、この地に神の祝福をお与えください。厳しくなる冬を笑って過ごせ、新春にまいた種が豊かに実り、夏に太陽の恵みが与えられるように。もう、2度と笑いが途絶える時代が来ないように。貴方の祝福を、この国へお与えください」
何かを対価にしなきゃ願いを聞いてくれないクソみたいな神が、満足そうに笑った気がした。
神からまばゆい光があふれだして視界を焼き尽くし、冷たい何かが体の奥へはいりこんでくる。冷えていく体に力が入らなくなり、床へと倒れこんだ。だが、痛みは感じなかった。
悲鳴のような、慟哭のような叫びが聞こえた。掠れるように俺を呼んだ声は誰のものだったか。泣きそうな声に、長らく浮かべていなかった笑みが自然と浮かんだ。ざまぁ、みろ。お前は生き延びればいいんだ。俺がいなくなった怖さを、いつまでも抱えていろ。間違いを、いつまでも後悔していろ。そうして、俺をずっと忘れないでいればいい。
そうだ、これでいい。この命が少しでも国の糧となるならば。それは、最高のことではないか。ほかの何もいらない。俺には、何も必要でない。ただ、お前に…ああ、兄弟よ。お前が、何よりも大切だった。俺を引きずり回した兄弟よ。たった少し、ほんの後悔はそれだけだ。行かないでくれと、あの日叫べばよかった。
国へ残せた希望と少しだけの後悔を想う。
そうして俺の短い人生は幕を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王家の子として生まれた俺には、双子の弟がいた。そいつの名前はヴィンセントといい、俺は親しみを込めてヴィンと呼んでいた。幼いころからヴィンとは滅多に喧嘩もせず、一緒に悪戯をしたりして母の気を引いたりしていた。いや、悪戯をしていたのは俺で、ヴィンはいつも呆れてみているだけだった。達観したようなヴィンをからかうのが好きで…とにかく、大切だった。
けれど、そんな平和もつかの間だった。15歳になってからしばらくしたころ、父と母が冷たい死体となって地下の廊下で発見された。なぜ両親があんなところで死んでいたのかは、知らない。唯一知っているのだろうヴィンは、かたくなに俺へ教えることを拒んだ。だから、そういうことなのだと追及をあきらめた。
とにかく、父―国王―が死んだことで、俺達は王位を継いだ。もっとも、実質的に王位を継いだのはヴィンのほうだったが。体術や乗馬などの体を動かす方に興味を持った俺とは違い、ヴィンは内政関係に興味を持っていたし、そのことでもめることはなかった。けれど、ヴィンは壊滅的に武器を操れなかったから、2人で1人の王だった。戦術を練るのも、苦手だったし。ヴィンは根本的に人を殺すことができない優しいやつなのだと思っていた。ヴィンをもっと支えられるようになるために、俺は将軍になるつもりでいた。
そして、俺達は父や母に隠されていた自分の国の現状を知った。両親からも、家庭教師からも、我が国は豊かで平和な国だと聞いていたのだ。自国のことを王子に彼らは隠し通していた。どう臣下に言い含めていたのか気になるところだが、尋ねられる人間は周りにいなかった。
王位を継がない方には知られたくなかったのだろう。親として。しかし、王・王妃としては間違った行動だ。そう、ヴィンは冷静に語った。けれど、そんなことで済まされる話では、なかった。
俺の国、レグルス王国は、深い雪に閉ざされた山岳地帯に位置する国だ。それ故に国交は盛んに交わされておらず、侵略されることも滅多にない。他国に蹂躙されたことが建国から一度もない平和な国だ。ただ、毎年ひどく雪が降り積もることで、凍死する者や餓死する者の数が絶えないのだということや、ここ数年間の不作でもともと豊かではないのにさらにとれる食物が減っていること、さらには死病が流行っていることも、同時に事実であった。
ヴィンは、そのころから俺によそよそしくなった。すべてを隠して俺に知らせないようになった。それが不服で、俺はヴィンに詰め寄った。邪魔だ、と吐き捨ててヴィンは俺を城から追い出した。城へ戻ってきたら殺す、と。嘘だと思いたかった。だが、嘘ではなかった。夢でもなかった。
そうして、季節が五度回ったころ、ヴィンが何やらおかしなことをしているらしいと情報を得た。五度回るうちにできた仲間を連れて、俺はヴィンを止めにいった。間に合わずに、始まってしまった儀式で、ヴィンは富を願って死んだ。死んで、しまった。
得体のしれない恐怖と、計り知れない孤独感が襲ってきた。だめだったんだ、死ぬなんて。どうして、ヴィンが死んだんだろう。わけがわからない。遠くなったと思っていた兄弟は、その実俺のことしか考えていなかった。アイツ、最後の最後に俺へ呪詛をかけやがった。一生忘れるな、と。後悔し続けろ、と。ああ…バカな、弟。そんな悲しいことなんて願わなくても、俺がお前を忘れられるわけないというのに。
そうして、独り年を取っていく。晩年に見つけたヴィンの手帳には、隠されていたことがすべて書かれていた。知らなければならなかったことや、両親が死んだ理由、それらすべてだ。
わが最愛の弟よ。お前の願いのおかげで、この国は豊かになった。冬を笑いながら越せるようになった。笑いが途絶える日はない。
俺も、恋をした。子供もできたし、孫もこの間生まれた。人並みの幸せを得られたと思う。愛した女も、この間逝った。もうすぐ、お前と同じところへ行けるのではないかと最近考える。お前は俺を待っていてくれているだろうか、遅いと怒るだろうか。
もしも神に願えば叶うというのなら、俺はもう一度すべてをやり直したい。そうしたら今度は、死なせたりするものか。お前一人に背負わせたりするもんか。
唯一無二の存在よ、どうか。俺に最愛を救う機会をお与えください。
あなたは滑稽な人間の願いが好きなのでしょう。だから、アイツの願いを聞き入れた。滑稽で無様な願いを。俺の、身勝手な願いもあんたは好きなはずだ。醜い人間の、醜い戯言を。
次があるならば、次こそはお前を信じぬく。無残に死なせはしない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ル、ヴァル!!おい起きろ、ラインヴァルツ!」
目の前に広がった、鮮やかな金髪に目を瞬いた。俺と同じ顔の、ソイツは死んだはずのヴィンで。
どうしてここに。なぜ。だって、お前は死んだはずだ。ずっと、昔に。戸惑いながらも、手を引かれて上体を起こした。暖かい、血の通った手だ。確かに生きて、いる。俺が死んだわけでも、夢を見ているわけでもなさそうだ。ならばよりいっそうに、なぜこんなことが。
そこまで考えて、ヴィンの8歳に見えるか見えないかくらいの若さに合点がいく。きっと、クソみたいな神が身勝手な俺の願いをかなえてくれたのだろう。時間が、巻戻ったんだと思う。
本当に、ヴィンだというのか…俺よりも青みがかかった紫色の目に、同じ金色の髪。俺が、間違えることなんてない。こいつは、ヴィンだ。だって、感じていた喪失感も孤独感もなくなっている。確かに、隣にその存在が、ある。
「ヴィン…?」
「ばっかお前、お前と同じ顔だろ、見間違えんなよ。大体俺以外が外で寝ているお前を起こすなんてできるわけないじゃないか」
「それも、そうだな」
いつだって、勉強や稽古をさぼって外で寝ている俺を起こしに来るのはお前の役目だった。それは巻戻ってもかわっていなかった。純粋に、過去へ戻っただけなのだといいが。
おかしそうにヴィンは笑った。懐かしい笑顔に、少しだけ見惚れているとその顔が曇った。
「…お前、変だな。どこか調子でも悪いのか?ほら、最近食べたモノを言ってみろよ。食あたりしているんじゃ」
「ばぁか、いくらなんでも腐ったもんは食べないよ。俺よりも倒れやすいお前に体調の心配なんてされたくないね」
「それならいいんだが…あ、おい!?」
体温でも図ろうというのか、額へ伸びてきた手をつかんで引っ張り倒した。
あっさりとこけたヴィンを笑いながら抱きしめる。
暖かい。生きている。
震える手を、ヴィンの背中に回した。抵抗しないヴィンの肩に顔をうずめた。らしくなく、涙があふれてくる。
「ヴィン、…どっか、いくな」
「どこにもいかない。なんだよ、悪夢でも見たのか?らしくないぞ」
「まぁ、そんなとこ。しばらくこのまま」
ヴィン。
今度は、絶対に守るから。俺は、お前を離さないから。
だから、お前も遠くに行かないでくれ。俺のそばに、いて。
強く願って、歴史の改変を試みる。今度は、うまくやってみせる。
ヴィンを、死なせはしない。