#06
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「どうして、彼らの仕業だとわかったんです?」
一緒になった帰りの軌道エレベータで私が尋ねると、ヘッドホンをつけたまま、気持ちよさそうに目を細めていたゼノンが振り向いて、いった。
「空調システムにも、トイレシステムにも異常がないのに、アンモニアの排出がうまくできなかったからです。まるでアンモニア自身に意思があるような動きだったでしょう?」
動きだったでしょう? といわれても……。
私は別の疑問を口にした。
「彼らはなぜ、太陽系近くまで来てから、犯行におよんだんですかね? 帰還までの間、かなりの時間があったように思うのですが」
「それについては、リードマン船長に原因があります」
「トイレの心配をいつもしていたあの船長?」
「そうです。彼が最後の強制換気をしなければ、この事件は起きなかったでしょう。ま、もっとも、彼が強引な換気をしてくれたおかげで、ナミハヤ港は救われたわけですが」
「どういうことです?」
「リードマン船長は、地球を目前にして、かなり強引な換気に踏み切ったんです。システムがオーバーワークを起こすギリギリの出力で、彼は船内大気の強制排出を行った。そして、幸か不幸か、臭くて臭くて仕方のなかったアンモニア臭の一部を放り出すことに成功したんです。彼にしてみれば、空調システムやトイレシステムが壊れても、すぐに港入りできるから、怖いものなんてない。だから、フルパワーで挑んだんです」
「そんなムキになるようなことですか?」
「考えても見てくださいシュタイナーさん、十五年にも渡る航海の最後が、トイレ臭い思い出で締めくくられることを。これは結構、嫌なものですよ」
まあ、確かにそうかもしれない。
「でも、その換気とあの事件が、どうつながるんです?」
「今度は、ガス星人の視点で考えてみてください。彼らは定期的に生産されるアンモニアを利用し、長い年月をかけ、船内で繁殖してきました。地球は目の前で、密航が成功すれば、今まで以上に安定した環境で、定期的に主成分であるアンモニアが手に入る。そんな夢の星まであと一歩、というところで、家族の一部が宇宙に放り出されてしまった。当然、船内に残ったガス星人たちは怒ったことでしょう」
「だから、復讐のために犯行を行ったと?」
「そういうことです。彼らは共存共栄を止め、乗組員の呼吸器系を支配し、殺害におよんだ。意識的に乗組員の肺に留まり、呼吸を阻害したんです。彼らもまた、地球を目前にして、強気になっていたのかもしれない」
私は残念ながら、ガス星人について詳しい知識を持ち合わせていないので、それがどこまで正しいのかわからなかった。だが、あのあと、彼らが言った「ワザトジャナイ。カットシテ、ツイヤッテシマッタ」という言葉を考えると、なるほど、一致しているような気がした。
「最後に一つだけ、わからないことがあります」
「なんですか?」
私はずっと前から気になっていた疑問を口にした。
「あなた、どうして、私より先に管制室にいたんですか?」
軌道エレベータは二時間に一本しか便がない。なのにゼノンは事件直後に管制室にいた。マクレガー警部の連絡を受けた私よりも先に、来れるはずのない場所に来ていた。
「ああ、それね」ゼノンは事もなげにいった。
「ぼくは元宇宙航海士で、ここのOBなんですよ」
「OB?」
「ええ、だから、私は事件前からユパニテ号の帰還を見学するため、管制室にいたんです」
「なるほど」
私は納得した。なんだか、すべての謎が解けた気がした。
どうりで、宇宙船の操作もできれば、ガス星人のことも知ってるはずだ。
そして、同時に思った。
それって、反則だろ。
「深宇宙をあちこち旅してきたおかげで、今じゃ、常識にとらわれない不可解な事件を専門に扱う探偵稼業です。ま、よければ、今後ともよろしく」
そういって、ゼノンは私に名刺をくれた。
“非常識な事件に遭遇したら是非ご相談を! 未来探偵 ゼノン・クリノ”
新しい科学技術、宇宙人、多次元人、時間旅行者……これらが関わる犯罪を、ふつうの人間が解決するのは至難の業だ。
だから、未来探偵が存在し事件を解決するのだ、とゼノンは言う。
しかし、あの解決方法はいかがなものだろうか。
一歩間違えれば、ただ、宇宙船を爆破した人だ。これでは誰が犯罪者かわからない。
解決したからいいようなものの、やはり、事件に未来探偵が関わるとロクなことがないような気がする。
ともあれ、私とゼノンの最初の事件は、なんとか無事に解決した。