#04
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三十分かけて、船内の記録映像を見たが、収穫らしい収穫はなかった。
船内の異変がほぼ同時刻に起こったことと、乗組員が窒息のような状態で倒れていったこと以外に手がかりとなるようなものはなかった。念のため、船外の様子も確認してみたが、特に気になるようなものは見当たらない。多少、外装に傷はあるものの、一昔前の典型的な雫型宇宙船には何の異常も見られなかった。
そもそも、彼らがなぜ、苦しそうにもがいているのかがわからない。船内の大気構成は多少、アンモニアが増えたといっても酸素がなくなったわけではなかった。
酸素二十パーセント、窒素五十パーセント、二酸化炭素十パーセント、アンモニア十五パーセント、その他五パーセント……。
船内の空調システムは長旅のせいで万全とはいえなかったかもしれないが、ちゃんと動いていた。
「伝染病かなにかだろうか?」
私がつぶやくと、ズバム氏は首を振った。
「いえ、それも調べましたが、それらしいウィルスは検知できませんでした。それに全員が同時に発病し、亡くなるというのは不自然です」
「ふーむ」
言われてみれば、確かにそうだ。
私は腕を組み、しばらく唸ったあと、決意していった。
「ズバムさん、すみませんが、宇宙服を一着お借りできませんか?」
「はあ、それはかまいませんが、どうするんです?」
「決まってます。あの中を捜索するんですよ。ここでこうしていても進展がありませんからね」
「それはやめたほうがいいですよ。シュナイダーさん」
それまで黙っていたゼノンが、口を挟んだ。
「やめたほうがいい? なぜ?」
「そんなことしたら、ここにいる全員が死にかねないからですよ」
「どういう意味です?」
「ユパニテ号の乗船用ハッチは開けないほうが賢明、という意味です。シュナイダーさん、あの船と港をつなげたら最後、あいつらがこっちに入って来てしまいます」
「あいつら? 入ってくる? あの宇宙船のなかに誰がいるって言うんです?」
私の質問に、ゼノンは笑って答えた。
「密航者ですよ」
「密航者? 一体、どこにいるって言うんです?」
船内に生存している人間は一人もいない。それは赤外線、X線、サーモグラフィなどですでに調査済みだ。
それなのにゼノンは自信たっぷりに言った。
「目の前にいますよ」
「目の前?」
なにを言ってるんだ、この男は? 目の前のリアルタイム映像には、先ほどから見ている惨状しか映っていない。
怪訝な顔をしていると、ゼノンが家庭教師のような口調でいってきた。
「シュナイダーさん、ヒントをあげましょう。モニターにユパニテ号からダウンロードした航海日誌を映し出すので、考えてみてください」
ゼノンは手近な端末を操作し、中央モニターにいくつかの記録を呼び出した。
“星暦105年2月3日 船長リードマン記録。第三次シリウス星系の探査計画がほぼ終了。明日から地球への帰途に着く。クルー全員が無事に帰ることができるのは、船長として喜ばしいかぎりだ。しかしながら、ただ一つ、気になることがある。どうもトイレの調子が悪いようだ。うまく機能していないらしい”
“星暦105年5月5日 船長リードマン記録。シリウス星系からの離脱に成功。あとは地球に向け、一直線である。クルーたちの緊張も少しほぐれたようだ。だが、油断はできない。帰路とは言え、五年の道のりはやはり遠い。トイレがそれまで持ってくれればいいが”
記録を二つほど読み終えた私は、ゼノンに言った。
「やたら、トイレの心配をする船長ですね」
「シュナイダーさん、そこがポイントなんですよ」
ゼノンはさらに端末をたたき、記録を呼び出した。
“星暦107年7月30日 臭い! トイレがひどいにおいだ! 船外に一部空気を放出したが、一向に改善されない。なぜだ?”
“星暦109年12月1日 船内の空気成分比率が安定しない。いまやアンモニアが三十%を占めている。異常だ! トイレの故障によるものだろうが、設備や材料がないため、だましだまし使うしかない”
“星暦110年11月11日 なんとか太陽系まで来た。ナミハヤ港の受入れ準備が始まっている。長かった十五年にわたる探査もこれで終了だ。無事に帰ってこれたことが嬉しい。我々はこれから、地球に帰還する。ただ、その前に、一つだけやっておきたいことがある。空気の入れ替えだ。これでトイレくさいのともおさらばできる!”
ユパニテ号の日誌はここで終えていた。
おそらくリードマン船長が船内の換気をおこなったあと、事件が起きたのだろう。
読み終えた私は、ゼノンを見て肩をすくめた。
「密航者に関する記述が見当たりませんが?」
「なにいってるんですか、シュナイダーさん。これこそ、密航者に関する証拠ですよ」
さっぱり、わからない。一体、なにをいってるんだ?
「トイレの故障と密航者がどう関係するんです?」
「わかりませんか? このトイレに関する記述こそが、密航者の存在を示しているんですよ」
「つまり、隠れて乗っている犯人が、トイレを使って壊した?」
「うーん……そうじゃなくって……、そもそも、トイレは壊れてませんし」
「は?」
意外な発言に私は思わず、声をあげた。じゃあ、さんざん読ませた航海日誌はなんなんだ。
「リードマン船長は、トイレが壊れたと記録していますが、実際には、水分解システムも、船外排泄システムも異常は見られません。それは遠隔スキャンで確認済みです。彼はただ、アンモニア臭がするのを、トイレの故障と思いこんだのです」
「故障してないのなら、なぜ、アンモニアが残るんです?」
「それこそが、この事件の核心ですよ」
ゼノンがにやりと笑った。
「この殺人事件は、密航したガス星人、アンモニールの仕業です」