#03
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確かに、それは説明しにくい状況だった。
薄暗い管制室の中央に設置された巨大モニターにその光景は映し出されていたので、どういう状況なのかは一目で理解できたが、なにが起こっているのかと聞かれれば、私でも答えに困ったことだろう。
中央モニターには映っていたのは、死体だった。
しかも乗組員全員の死体だった。
肝心の原因は不明。
深宇宙の長い探査を終え、太陽系内にやっと戻ってきた宇宙船ユパニテ号の乗組員は、突然、全員が苦しみだし、死んでいったという。
いくつかのチャンネルに分割されたモニター映像は、じつに悲惨だった。
職業柄、死体を見ることに慣れてはいたが、これほど多くの人間が苦しみ、同時に亡くなっていった現場を担当したことはなかった。
私はいくらか動揺している自分自身を落ち着かせながら、ズバム氏に尋ねた。
「なにか考えられる原因はありますか?」
「いえ、それがその、まったく見当がつかない状況でして……こういう場合、なにをどう調べたらいいのかもよくわかりませんし……も、もちろん、一通りの調査はしましたが、死因となるような手がかりがまったくもって、見つからないのです。ですから、陸に連絡して警察と専門家の方に応援をお願いした次第です」
専門家?
そういえば、マクレガー警部もそんなようなことを言っていたような……。
「やあ、あなたが陸から派遣された警察の方ですね」
管制室のイスにふんぞり返ってモニターを見ていた一人の男が、声をかけてきた。痩せぎすの小柄な青年で、カジュアルなシャツにループタイをし、大きなヘッドホンを耳に当てていた。
妙な小男だった。
「失礼ですが、あなたは?」
「ぼく? ぼくはゼノン・クリノといいます。よろしく」
ゼノン・クリノと名乗る男は眠そうな声とは対照的に、すばやく握手を求めてきた。勢いに押されて握手を返すと、彼は眠そうな目を少し見開き、驚いたようすで言った。
「あなた、月からここに来たんですね」
「なぜ、私が月から来たと思うんです?」
「なぜって……そんなの決まってますよ、ミスター。そもそも、ここに来る方法は二つしかないんですから。一つは地球とこの宇宙港をつなぐ軌道エレベータ。もう一つは月面基地と宇宙港を往復している定期船。管制室にやって来るには、この二つの方法しかないんだから、あとはちょっとした手がかりさえあれば簡単です。まあ、もっとも、深宇宙の探査船に乗っていたというのなら、話は別ですがね……でも、そんな人間を、保安部長のズバムくんが案内するはずはありませんから、その線は消去して問題ない。とすれば、先に言った方法のどちらかで来ているはずですが、軌道エレベータは二時間に一本しか便がなく、いま駆けつけるのは物理的に無理。あと一時間は遅れて来るはずです。だから、あなたは月からの定期船で来たことになる」
「なるほど。でも、あらかじめ別の用事で地球から来ていたとしたら?」
意外にも饒舌な相手に、私はあえて、いじわるな質問をしてみた。
「その手です」
「手?」
「ほんのわずかだけど、月面滞在者特有のむくみがありました」
「ふーむ」
私は自分の手を眺めながらうなった。確かに少しむくんでいるかもしれない。
月面基地には人工重力装置がないため、長時間滞在すると、顔や体にむくみがでるというのは聞いたことがある。だが、あの短時間の握手でまさか、そこまでのことがわかるものだろうか。
「あなた、医者かなにかですか?」
「いいえ、ぼくは探偵です」
「探偵? 探偵がなぜこんなところにいるんです?」
「そりゃあ、そこに事件があるから……なんてね」
「クリノさん。いまはそんな冗談をいうような状況ではないと思いますがね」
「これは失敬。おっしゃるとおりです。ええと、ミスター……」
「シュナイダー。ステファン・シュナイダー警部補です」
「よろしく、ミスターシュナイダー。確かにこんな状況で軽口をたたくのは不謹慎でしたね」
ゼノンは視線を中央モニターに戻し、姿勢を正すとそっと手を合わせた。
「どうも、ぼくは場所を考えずに不謹慎な軽口をたたくクセがありまして……でも、まあ、悪気があっていっているわけではないので、あまり気にしないでください」
「はあ……」
謝っているのか、開き直っているのか、よくわからない。
申し訳なさそうに頭をかきながら、ゼノンはちろりと小さな舌を出していた。
本当に妙な男だ。
私は静かに嘆息し、モニターを見ているゼノンに言った。
「あなたが軽口をたたく探偵なのはよくわかりました。で、一体、何の専門家なんです? どうして、うちの署から協力要請を受けているんですか?」
「なるほど、いい質問ですね。シュナイダーさん」
ゼノンはモニターを見たまま、眠そうな半眼をさらに細め、うなずいた。
「ぼくは、地球の常識ではなかなか解決できない事件を専門に扱っている探偵でして、あなたの所属する太陽系警察二〇九分署とは、以前からおつきあいがあるんですよ。だから、今回も呼び出されたというわけです」
「ああ、あなたがうわさの未来探偵か……」
非日常的な難事件を非常識的な方法で解決する専門の探偵がいるというのは聞いたことがある。なるほど、この男がそうか。
私は妙に納得がいった。
未来探偵は必ずどんな難事件でも解決するが、同時に危険な推理や行動でまわりに迷惑をかけることでも有名だった。かつて未来探偵が関係した事件を担当した署内の連中は、みんなうんざりしていた。
ならば、事件解決に彼の手を借りなければいいといわれそうだが、残念なことにどうしても我々の手に負えない事件があるのも事実だ。
まさに目の前の事件もその一つだろう。
深宇宙探査船内の大量死体。そもそも、これは事故なのか事件なのか、いまの段階では見当もつかない。
「あなたが未来探偵なら、話は早い。あの宇宙船でなにが起きたのか、あなたの推理を聞かせてください」
「シュタイナーさん、それはよくないですね。まずは自分で観察し、考えてみるべきでしょう。あなた、警察なんですから」
ゼノンが少し呆れたようすで言ってきた。
確かにそれはそうかもしれないが……もう少し、言い方ってものがあるだろう。
私は鼻を鳴らしながら、とりあえず、中央モニターを見た。
画面は九つに分けられ、いくつかのエリアが映し出されていた。操縦室、動力室、乗組員の個室、メイン通路……人が死んでいるということ以外、どこにも不審な点は見当たらない。
私はモニターを凝視したまま、ズバム氏に訊ねた。
「この船には何人乗っていたんですか?」
「五十二名です」
「もう一度確認しますが、生存者は?」
「誰もいません」
「なにか気づいたことはありませんか?」
「特に……あ、いや、そういえば、一つだけ、変わったことがあります」
「それはなんですか?」
「アンモニアです」
「アンモニア?」
私が首をかしげると、ズバム氏が補足した。
「船内にやたらとアンモニアが発生しているんです。もしかしたら、空調システムになんらかのトラブルがあったかもしれません」
「空調システムねぇ」
私はさらに首を傾げ、ゼノンを見た。
彼はにやにやと楽しそうに笑いながら、端末をいじっている。
「船内の記録映像は見れますか?」
「ええ、もちろんです」
ズバム氏が合図をすると、モニター画面は、すぐに過去の映像に切り替わった。