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未来探偵ゼノンと七つの事件  作者: 八海宵一
「02 双子サファイア盗難事件」
17/47

#10

 とある超々々高層ビルの221階B号室。

 私は先日の双子サファイア事件のお礼に、再び、ゼノンの仕事場を訪れていた。手土産に持参した栗饅頭をタカハシくんに渡し、応接室兼リビングのソファに腰を下ろすと、先日と同じように熱い日本茶がでてきた。タカハシくんに礼をいい、ふうふうと冷ましながらお茶を啜っていると、すぐに、つやつやの大きな栗饅頭が半紙を敷いたお盆に並べられ、テーブルの真ん中に出された。

 ピピ、ポポ。

 おもたせですが、どうぞ、とでもいいたいのだろう。

 タカハシくんの言いたいことが、だんだんわかってくる自分がこわい。

 私はふたたび、タカハシくんに礼をいい、大きな栗饅頭を一つ手に取ると、大口を開けてパクついた。ほのかに甘い栗餡と、しっとりした皮のバランスが絶妙で、素晴らしくうまい。自分の持ってきた手土産を自分で褒めてりゃ世話はないが、本当にうまいのだから、しかたがない。

 私は日本茶を啜り、二つ目に手を出しながら、向かいのソファにいる相手に尋ねた。

「えーと、クリノさんは不在なのかな?」

「……」

「あのー」

「……」

「おーい」

「あん? オレに聞いてるのか……だわん?」

 日経宇宙新聞を読んでいたぽち丸が顔をあげた。

 渋い。渋すぎる……相変わらず、なんなんだこの犬は。

「そのつもりなんだけどね……名探偵犬、ぽち丸さん」

「ふん」

 ぽち丸は鼻を鳴らし、栗饅頭を一つ、口の中に放りこんだ。

「ご主人なら、いま、時差ぼけを解消中だわん」

「時差ぼけ? どっか旅行に出かけてたのかい?」

「いや、ご主人は年中、時差ぼけだわん」

 年中時差ぼけ? なんじゃそら。

 宇宙航海士時代の後遺症だろうか。

 ぽち丸の不思議な説明に首をかしげていると、奥からゼノンがあらわれた。

 相変わらず眠そうな目に、大きなヘッドホンをつけていた。

「やあ、シュナイダーさん。今日も難事件に直面ですか?」

「いつも、お忙しいときにすみません。今日は先日の事件のお礼にうかがっただけですので、すぐに帰ります」

「なんだ、それはつまらないな」

 ゼノンは拗ねたように口を尖らせ、ぽち丸の横に腰を下ろした。

「なにかおもしろい事件を持ってきてくれればいいのに」

 事件を売って歩いてるわけじゃないので、それはかんべんしてほしい。

 気づかれないように小さく嘆息し、私は前回から気になっていることを口にした。

「それにしてもクリノさん、いつもお忙しそうですね。一体、奥でなにをしてるんですか?」

「忙しそう? ぼくが?」

 礼を言って栗饅頭を手にしたゼノンが笑いだした。

「いや、だって、前回も今回も、奥でなにかしてらしたんでしょう?」

「あはは。シュナイダーさん、気を遣ってくれてありがとう。でも、本当になにもしてないですから、気にしないでください」

「いや、しかし……」

「だって、ぼく、奥で落語を聞いてるだけですから」

「落語?」

「ええ。実はぼく、大の落語好きなんですよ。だから、ひまなときにはいつも奥の部屋で落語を聞いてるんです。ときどき、集中しすぎて、まわりに迷惑をかけているようなんですけど、これがなかなか止められなくて」

「はあ……」

 じゃあ、私は前回も今回も、落語鑑賞の都合で待たされたってことなのだろうか。そもそも、いまもその大きなヘッドホンから、落語が流れてるような気がするのだが、気のせいだろうか。

 私が疑いの目をむけていると、ゼノンがごまかすように頭をかいた。

「もともと、時差ぼけの不眠症解消のために聞き始めた落語なんですけどね、いや、これがおもしろいのなんの。シュナイダーさんも一度、聞きながら、心地よい眠りの世界に落ちてみてください。もうやみつきになること請け合いです。あ、そうだ。いま、六百年前のビンテージ落語にはまってるんですけどね。二代目、シジャーク師匠の落語は本当に最高ですよ! さっきも聞いてたんだけど、いやー、とても、六百年前とは思えない、おもしろさです!」

 あいにく、落語のことはさっぱり、わからないので、なにがどうおもしろいのか、さっぱり伝わってこなかった。というか、そんなにおもしろくて興奮してたら、寝れないんじゃないか?

 さまざまな疑問が頭をよぎったが、聞けば墓穴を掘るような気がしたので、聞くのをやめた。

 ……そろそろ、お暇することにしよう。

 私が逃亡――いや、腰を上げかけると、ゼノンがあわてて引きとめてきた。

「まだいいじゃないですか、シュナイダーさん。ぜひ、落語のおもしろさを知ってくださいよ。落語というのはね、日本の伝統話芸の一つで……」

 ゼノンの饒舌な講義が始まりだした。どうやら、落語のこととなると、見境なく話し出す癖があるらしい。私が困惑していると、栗饅頭を平らげたぽち丸が、おもむろに、そして意味ありげに、ぽつりとつぶやいた。

「今度は濃―いお茶が、一杯こわい、だわん」

 ピピ、ポポ。

 すると、よく気のつくタカハシくんが、なぜか、ぽち丸の怖がっている、濃―いお茶を持ってきた。

〈了〉

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