#07
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ぽち丸は、たっぷり鼻をくんくんさせたあと、ゼノンに耳打ちをした。
ごーにょごにょ、ひーそひそひそ。
そして、ゼノンもぽち丸に耳打ちをした。
ごーにょにょにょ、ひーそひそひそひそ。
なんだか、とっても楽しそうだ。
黙って、やり取りを見ていると、急にぽち丸が振り向いていった。
「あん? なんだよ兄ちゃん、さっきから。犬がしゃべってんのが、そんなに珍しいのか……だわん?」
なんて口の悪い犬だ。しかも、いま、語尾の「わん」を面倒くさそうに付け加えなかったか? なんなんだ、この犬は……。
混乱しながら口をパクパクさせていると、ケースにふたをし、コンテナをもとに戻したゼノンが説明をしてくれた。
「ぽち丸は、シリウス・スピカという犬種の探偵犬で、人語を解する宇宙でも数少ない貴重な犬なんですよ」
いや、それって、もはや、犬じゃなくて、犬型宇宙人なのでは?
思わず、ぽち丸に視線を移すと、愛らしい小型の柴犬みたいな外見のぽち丸は「ふん」と鼻を鳴らした。
そのギャップったらない。
「おい、兄ちゃん。オレをただの犬だと思うなよ。ヤケドすんぞ、だわん」
思わない。そもそも、犬だと思えない。
ただ、一方的に馬鹿にされるのも癪なので、挑発してみた。
「李も桃も桃のうち」
「あん?」
「言ってみ、李も桃も桃のうち」
「すもももももももものうち」
「生暖かい肩たたき機」
「なまあたたかいかたたたきき」
「特許許可する特許許可局」
「とっきょきょかすつ、きょっかきょふ、あぐう!」
舌を噛んだぽち丸が毛を逆立てて、威嚇してきた。
勝った。
「シュナイダーさん。なに遊んでるんですか?」
ゼノンが呆れながら、私たちの間に割って入った。
「あ、いや、人間の尊厳を賭けた戦いを……」
「んな、大袈裟な。馬鹿なこといってないで、事件を解決しましょう」
「は、はあ……」
私としては、このまま、「御門跡様のお庭のお池のお蓮のお葉にお蛙のお子がお三匹お止まり遊ばしお山椒のようなお目をおぱちくりおぱちくり、かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」と畳みかけたいところだが、まあ、仕方ない。
「今日のところは、このくらいにしておいてやるよ」
私がぽち丸に向かって言うと、
「おまえ、命拾いしたわん」
と、捨て台詞が返ってきた。どこまでもかわいくない犬だ。
だが、ゼノンのいうとおり、いつまでもぽち丸と早口言葉で遊んでいるわけにもいかない。
「これから、どうします? ほかになにかしておくことは?」
私が尋ねると、ゼノンは腕時計を見ながら、聞き返してきた。
「宝物庫の業者が来るのにあと一時間くらいかかりますよね?」
「ええ」
私も時計を見ながら、答える。
「だったら、すべきことはただ一つです」
「なんですか?」
「腹ごしらえですよ、シュナイダーさん。――よく考えたら、ぼく、朝からなにも食べてませんでした。もう、おなかペコペコです。あのー、フナンさん。すいません、フナンさん」
「え、あ、はい」
ぽち丸が言葉を発してから、直立不動で固まっていたフナンが我に返った。
「この辺に、餃子のうまい中華料理屋はありませんか?」
「餃子のうまい中華料理屋でございますか……そうですね、一軒ございます」
フナンは屋敷から少し離れたニュー来々軒という店を教えてくれた。シロガネーゼ地区にそんな店があるのも驚きだが、即答するフナンにも驚きだ。
「昼間でしたら、日替わり定食もございますが、いまの時間帯ですと、さすがにやってないかもしれませんね。まあ、カリカリの焼き餃子はいつでも食べられますから、行ってみられては?」
「素晴らしいですね。そうしてみます。さあ、おいでぽち丸」
「わん!」
ぽち丸がうれしそうに尻尾をふって応えた。
「じゃあ、シュナイダーさん、ぼく、一時間ほど現場を離れるんで、現場の保存と容疑者の招集をお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待ってください。容疑者の招集って? 一体、誰を集めるんです?」
「マーカム夫人と三人の子供たち、それにベルモンテ伯爵夫人にフナンさんです……ああ、それから、もう一つ。業者が来ても、ぼくが帰ってくるまで、アームの撤去作業は絶対にしないように」
それだけいうと、ゼノンとぽち丸は宝物庫のある部屋を出て、ニュー来々軒めがけて駆けていった。
「ルンルン♪ 餃子♪ 餃子♪」
「カリカリ餃子だわん♪」