#06
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ただの真っ白な部屋。
それが部屋の印象だった。
部屋の中にはなにもなく、天井の中央にカメラが設置されていた。全方向撮影型で部屋全体を監視しており、死角がない状態だった。奥の壁には操作パネルと金属板で覆われた取出口があり、少し離れたところにメンテナンス用の扉があった。ゼノンに説明したとおり、出納をしないときは、この扉の向こうに巨大なアームが鎮座しており、出入りできないようになっている。
「ふーむ。シュナイダーさんが説明してくれたとおりですね」
黙って部屋を観察していたゼノンが口を開いた。なんだか、褒めてくれているようでうれしい。きちんと的確に説明できていたということなのだろう。
ゼノンは一瞬、私のほうを見てにっこり笑ったあと、フナンに尋ねた。
「ちなみにこの扉って、いま開けることはできますか?」
「はい……。あけることは可能ですが、なかには入れないようになっております」
「ええ、知っています。でも、この目で確かめておきたいんです」
「左様でございますか。かしこまりました」
フナンはメンテナンス用の扉も指紋を使って開錠した。重い金属錠の外れる音がして、ゆっくりと扉が開かれた。
床から天井まで完全に覆いつくす巨大なアームが二基、仁王像のように行く手を阻んでいた。試しにゼノンが押してみてもびくともしない。しかも、アームには隙間らしい隙間もないので、宝物庫のようすもよく見ない。
「ありがとうございます、フナンさん。もう、結構ですよ」
ゼノンがいうと、フナンは小さくうなずき、すぐに扉を閉めた。
「ほかになにかすることはございますか?」
「まねで結構ですので、いつものように双子サファイアを取り出してみてもらえますか?」
「かしこまりました」
フナンは操作パネルに触れ、所蔵リストを呼び出すと、そのなかから、双子サファイアを選び出し、“出納”のボタンを押した。
突如、扉の奥でにぎやかな音が鳴り出した。
しゅいーん。ごごごぉー。ごうん、がっきゅん。ごっきゅん、ごごごぉー……。
なかなかのうるささだ。
そして、最後に、
ぱこっ。
という音がして、取出口の金属板が開いた。
のぞいてみると管理コードの貼られたコンテナがそこにあった。
「本来であれば、このコンテナのなかのケースに双子サファイアがあるのですが、いまはケースしかございません」
「ふーむ」
ゼノンはコンテナを取り出し、なかの透明ケースを取り出してみた。ケースの中には、虚しい二つのくぼみがあった。
「シュナイダーさん、ケースのなかは調べましたか?」
「ケースのなか? いや、見たとおり、なにもないんで、特になにもしてませんが……」
弁明するわけではないが、私は監視カメラの映像や宝物庫の仕組みを中心に捜査をしていたのであって、別にケースの存在を忘れていたわけでは……。
「シュナイダーさん!」
ゼノンが大きな声でいった。
「あなたはなんて間の抜けた人なんだ! 素晴らしい!」
間が抜けていることを褒められたのは初めてだった。こういう場合、どういう顔をすればいいのだろう。
「フナンさん、事件後にケースに触れた人はいますか?」
「いいえ、いないと思います。ケースに近寄るなと、そこの警察の方に言われましたので」
ゼノンが満面の笑みでうなずいた。
「いやー、ばっちりですよ。シュナイダーさん。事件は解決したも同然です」
「どういうことですか?」
「つまり、こういうことです」
そういうと、ゼノンはケースのふたをあけ、ぽち丸にいった。
「さあ、ぽち丸。きみの出番だ」
「了解だわん!」
しゃ、しゃべった。
私の驚きをよそに探偵犬ぽち丸は、ケースのなかに鼻をつっこみ、くんくんと臭いをかぎだした。さすがのフナンも、私の横で目をまん丸にしていた。
そりゃあ、そうだろう。
普通、犬はしゃべらない。
それが地球人の常識だからだ。