#05
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宝物庫のある部屋は屋敷の一番奥にあるため、一旦、一階の大広間まで戻り、そこから奥に通じる廊下に出た。造りはシンプルだが屋敷自体が広いので、移動に時間がかかって仕方がない。ぽち丸の散歩にはちょうどいいかもしれないが、行ったり来たりするだけでも一苦労だ。
私が日ごろの運動不足を反省しながら歩いていると、ゼノンが先頭を行くフナンに質問をはじめた。
「双子サファイアがなくなったにも関わらず、マーカム夫人はあまり驚かれていませんでしたね。なぜですか?」
「さあ、奥さまの心中は計り兼ねますが……」フナンはそう前置きして、言葉を続けた。
「保険に入っておいででしたので、資産的な被害がないからではないでしょうか」
「保険?」
「はい。宝物庫のなかのものには盗難保険がかけられており、今回のようなケースでも保険金が支払われるようになっておりましたから……」
「なるほど」
「もし、このまま、見つからなければ、四千五百阿僧祇イピ(イピは宇宙通貨単位)が支払わることになっております」
「よ、四千五百阿僧祇?!」
隣で聞いていた私は思わず声をもらした。阿僧祇なんて単位、実際に使っているのを初めて聞いたからだ。一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、じょ、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇の阿僧祇だ。続けるなら、那由多、不可思議、無量大数で終わる。
なんちゅう金額だ。
絶句していると、ゼノンの後ろをトテトテと歩くぽち丸に「ふふん」と鼻で笑われた。それぐらいで驚くなよ、そんな顔だった。まるで人間の言葉がわかるみたいだ。
私の関心が事件からぽち丸に移っていくのを感じたゼノンが、咳払いをして、質問を再開する。
「最後に双子サファイアを見たのは誰ですか?」
「私でございます」
「それはいつ?」
「本日の午前十時ごろでございました」
「あなたはなんのために、双子サファイアを見たのですか?」
「事前確認のためでございます」
「事前確認?」
ゼノンが首をかしげると、フナンは説明をつけ加えた。
「少々、説明が必要でございますね……実は双子サファイアは、近々、開催される博物館の展示に貸し出される予定になっておりまして、今日の夕方、専門の運搬業者が取りに来るようになっておりました。ですので宝石の状態確認のため、午前中に一度だけ、私が宝物庫から取りだしました」
「そのとき宝石におかしなところは?」
「なかったように存じます」
「ふーん。で、どうして午後三時になくなったと気づいたんです?」
「急遽、奥さまがお友達にお見せしたいということで、取りだそうとなさったからです。そのときにないことが判明いたしました」
「お友達って、誰ですか?」
「デルモンテ伯爵夫人でございます。三時のお茶会にお招きしておりまして、その折に、双子サファイアのお話が出て、お見せすることになったようでございます」
「そのときも、あなたが宝物庫から取りだした?」
「いいえ、そのとき私はお茶会に出す軽食の準備を指揮しておりましたので、厨房におりました。宝物庫のあるお部屋に行かれたのは、奥さまとデルモンテ伯爵夫人です」
「その部屋は、誰でも入れるんですか?」
「いいえ。宝物庫のあるお部屋は、指紋認証式の鍵でロックされておりまして、奥さまとご長男のウルテマルさま、ご長女のリシューレさま、ご次男のヒビワールさま、それに私しか開錠できないようになっております」
フナンの答えに、ゼノンはうんうんとうなずいた。
「奥さまとあなた以外の三人も今日は屋敷にいましたか?」
「はい。左様でございます」
「なるほど、それは興味深いですね」
ゼノンのつぶやきにフナンは応えることなく歩き続け、アンティークな扉の前で立ち止まった。フナンがドアノブに触れると、ピピッという音が鳴り、重厚な錠の外れる音がした。
最新型の指紋認証式扉だった。