#03
*
マーカム財閥の会長であるエリザベス・ヤマダ・マーカムの屋敷は、ネオ・トーキョーシティ、シロガネ区域にあった。
広大な敷地に立てられた真っ白な立方体の建物は風変わりで、一目見たら忘れられないほど強烈な印象を放っており、周囲にはこれ見よがしの監視カメラが設置されていた。ご丁寧なことに、庭にはドーベルマンが放し飼いにされている。
がるるるるぅ。
ドーベルマンが威嚇すると、ぽち丸は「ふん」と鼻を鳴らした。
「すごい犬ですね」
「まあ、陸(地球)に三匹しかいない探偵犬ですからね」
ゼノンが当然のように答えた。
飼い主も変わっているが、飼い犬も変わっている、としかいいようがない……。
私は気を取り直し、玄関先の見張りに片手をあげて挨拶をすますと、屋敷のなかに入った。とりあえず、ここは主であるエリザベス・ヤマダ・マーカム夫人に一人と一匹の説明をしておいたほうがいいだろう。
大広間に行くと、ちょうど二階から執事のフナンが下りてきたので、彼を呼び止め、たずねた。
「すいません、フナンさん。奥様は、いまどちらに?」
「書斎でございます」やたら姿勢のいい初老の男性は、静かに答えた。
「興奮が続いているようでしたので、ホットミルクをお出ししてきたところです」
手にした純銀製のトレイに、青磁のポットとカップが乗っている。見るからに高そうなポットとカップだ。おそらくネオ・ウエッジウッド・カキエモーンだろう。できれば近寄りたくない。
「紹介したい人と犬を連れてきたんですが、いま、お会いできますかね?」
「ええ、問題ないかと存じます」
フナンは事務的な口調でそれだけいうと、厨房に入っていった。
「いまのは?」
「執事長のフナンさんです。この屋敷に勤めて、三十年だそうです」
「へー、三十年かぁ。それは随分長いですね」
「ええ。でも、おかげで、大抵のことはあの人に聞けばわかるので、正直、助かっています。一見、無表情ですが、捜査にも協力的ですし」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
ゼノンはフナンの消えた厨房を眺めながら言った。