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未来探偵ゼノンと七つの事件  作者: 八海宵一
「01 宇宙船殺人事件」
1/47

#01

     *


 その事件は、星暦110年の11月11日に起こった。

 とても悲惨な事件で、後味が悪かったのを今でも覚えている。


     *


 そのとき、私は月面第二基地からの帰りで、軌道ステーション内にあるレストラン〈ルパル〉で遅めの昼食を摂っているところだった。ガイドブックに載っている宇宙レストラン〈ルパル〉の食事は、“恐怖の月面日帰り出張”で唯一、神が与えたもうた愉しみであり、日ごろ、上司にこき使われている私にとって、わずかに許された至福の時間だった。

 誰にも邪魔されず、好きな料理を好きなだけ食べる。

 たったそれだけのことだが、最高に幸せな時間。

 私はこの待ち時間が大好きだった。

 窓側の席で陸(地球)を眺めながら、食前茶を飲み、ぼんやりしていると、やがて注文していた“宇宙ホタテイモのボイル タルタルを添えて”が運ばれてきた。

 ほかほかの湯気と、とびきりうまそうな匂いに思わず、よだれが出そうになる。私は食前茶をさらに一口啜り、食べる前にもう一度、匂いを楽しんでから、フォークを手にした。

 大皿に盛りつけられたこの料理は、熱々の内にたっぷりのタルタルソースをつけて、一気に頬張るのが一番うまい。だから私は、拳ほどもあるホタテイモをいっぺんに口の中に放りこもうと、あーんぐり、大きな口を開けた――と、その時だった。

 史上最悪のタイミングで悪魔のベルが鳴った。

 文字通りベルの音。

 私は背筋に悪寒が走るのを感じながら、はずれそうになった顎を閉じ、シャツの胸ポケットからカードフォン(カード型のケイタイ&PC端末)を取り出した。

「もしもし?」

「私です。マクレガーです」

 そんなことはすでにカードフォンの表面に表示されており、知っていたが、あえてとぼけた。

「や、お疲れ様です。マクレガー警部」

「いまどこです?」

「は?」

 ボケたのだろうか? 私はマクレガー警部の命令で月面基地日帰り出張をしているところだ。それなのに、その質問はないだろう。

 私はもう一度、とぼけてみた。

「いやだなぁ、警部。警部のご命令で月面基地の後始末をしてきたばかりじゃないですか」

「だから、どこにいるんです?」

 カードフォンのむこう側でマクレガーが苛立っている。カルシウムが足りないんじゃないだろうか。

 私は上司のカルシウム欠乏具合を心配しながら、答えた。

「ナミハヤ宇宙港です」

「なるほど、大方、レストラン〈ルパル〉で寄り道でもしているんでしょう」

「よ、寄り道って……あの、お言葉ですが警部、軌道エレベータの定期便は二時間に一本しかないために、私はしかたなく足止めを食らっている状態なのであって、決して、寄り道では――」

「まあ、そんなことは、どうでもいいです」

 弁明を一刀両断したマクレガーは、事務口調で言ってきた。

「ナミハヤにいるのなら話が早い。君、ちょっと管制センターに行って来てください」

「管制センター?」

 嫌な予感を全身に感じながら聞き返した。宇宙船の発着を管理している区域に、いかに警官といえども、簡単には入れないはずだ。なにか事件でもないかぎり……。

「なにかあったんですか?」

 私がたずねると、マクレガーは実に端的な返事をよこしてきた。

「行けばわかります」

 まあ、そりゃそうでしょうけど……。

 言いたいことは山ほどあるが、言ってもむだだろう。

 私はカードフォンを遠ざけ、そっとため息をついた。

「分かりました。ステファン・シュナイダー、直ちに現場に向かいます」

「ええ、よろしくお願いします。ああ、そうだ、一ついい忘れていました」

「なんですか?」

「この件に関して、専門家に協力をお願いしました。すぐに君と合流するようになっていますから、そのつもりで」

「専門家? なんの専門家ですか?」

「会えばわかります」

 だから、言ってくれよ。

 私は通話を終え、しばらく、長いため息を吐きだした。

 そして、それから皿一杯の宇宙ホタテイモをあわてて口に放りこみ、管制センターにむかった。

 宇宙ホタテイモはすこぶるうまかった。

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