流石に避雷針に引っかかるのはどうかと思う。2
天使は翼を除けば僕ら人間と大差ない生き物である。
食欲や睡眠などの生理現象もなんら人間と変わらなく彼女の小さな翼も飾りの様なモノで実際飛べるわけでは無いらしい。
天使の服装はみんな西洋のドレスやブレザーといった格好で、僕ら日本人の中で定着しているギリシャ風のはかまの様な衣服は大昔の風習なんだそうだ。ちなみに彼女がもともと着ていたドレスは避雷針のせいで破けてしまい素肌がもろに見えてしまったのだが、中学生だった時の体操着のジャージの背中の部分に穴をあけた特製天使さんジャージに着替えているので問題無しである。
ただ、一つだけ問題が発生してしまったのだ。
それは食べ物習慣の違いである。
「………ゔッ!…げ、ゲロまずです…………!」
「そんな馬鹿な!」
万国共通美味であるハズのカレーライスを振舞ったところ、どうやら天使さんのお口に合わなかった様で思いっきり吐き戻してしまったのだ。
「天使って一体何を食べるんだ?」
「………基本的には鶏のお肉とか…かな。牛とか豚も食べるけどあんまり好きじゃないです。あとは果物をいっぱい食べますね。」
天使ってえらく贅沢な種族だな。肉や果物じゃなくて野菜を食べろ野菜を。
「や、野菜は………天使にとって昆虫のエサっていうイメージが強いから食べられる事は少ないんです。」
取り敢えず現日本を支えてくれている農業家の人達に謝るんだ。彼らのおかげで現代っ子達の栄養バランスは成り立っているんだぞ。
「そういえば魚は食べないのか?」
魚介類なら流石に食べられるだろう。魚が食べられないのならこの日本国においては致命的な味覚である。
すると天使さんは首を傾げてこう言う。
「………、さ…かな?さかなって何それ美味しいの?」
……まさか生きている間にここまで純粋で悪意の無い「何それ美味しいの?」を耳にする事が出来るとは思ってもみなかった。まずいなここまで完成度の高い「何それ美味しいの?」を言われるとまるで自分がおかしな事を言っているかの様な雰囲気になって来るではないか。
「……まさか天使界には魚が居ないのか!?」
「……さかなと言う食べ物は多分天使界には存在しないと思う……です。少なくとも私は聞いた事が無いかな。」
もしかすると天使界は空の上にあるから海が存在し無いのかもしれない。陸の外はただ雲海が広がっているだけなのだろう。
「食った事無いなら良い機会だ、今度買って来てやるよ。僕は魚介類が大好きだからな。」
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丁度その頃天使界では…………。
「(…………なにやら風行きが怪しいな……。)」
天使庁の宮殿内にある庭園のベンチの上で天使長、ミファエル・クァルテッドはいつもの様に座って読書に励んで居た。『天使長』とは、その名の通り天使界に存在する全ての天使達のおさであり頂点である者の称号である。
「み、ミファエル天使長!大変です!!」
「………どうしたんだ兵士長くん、そんなにあわてて。どうせまた人には言えないような趣味が彼女に見つかって滅茶苦茶ひかれるだけにとどまらず、友人にも暴露されてしまい居場所が無くなったので『…………取り敢えず、走るか。』と思い立って走っている途中か何かだろう?」
「……ふざけてる場合じゃあ無いんですよ!見習い天使の女の子が一人、人間界に落ちてしまったらしいんです!!」
「…な、なんだって!?」
天使がなんらかの理由で人間界や冥界に落ちてしまった場合、堕ちた天使、いわゆる『堕天使』になってしまう。『堕天使』になってしまうという事は天使にとって最も不徳な行為に位置するので、長年天使達は自らが『堕天使』になってしまうのを恐れてきた。
「『覗き鏡』でその少女の人間界での様子は監視していたんですけど……、に、人間界って恐ろしいですね……。謎の巨大建造物の上には我々天使を捕縛するためであろう槍の様な罠が設置されており少女はその罠に掛かってしまい、それを発見した人間に連れて行かれてしまいました…。」
「ふむ………、その少女は自ら望んで人間界に降りたのか?」
基本的にただ人間界に堕ちただけでは『堕天使』にはならない。『堕天使』になるかどうかで重要なのはその動機だ。天使界に楯突くためになんらかの悪意を持って人間界に降りない限り、天使は『堕天使』にはならない。
そのためその少女が『どちら側』なのかを確認しておく必要があるのだ。
「残念ながら『どちら側』なのかはまだわかっていません………。が、おそらく堕天使では無いものと思われます。」
「ならひとまず安心だ。………よし、それではさっそく少女の救出作戦を開始しよう。第六天騎士団に出動を要請する、任せたぞ兵士長くん。」
「はっ!!」