焦燥インク
主人公の彼は結論ではなく、物語を話し始めてしまう。 経緯を説明しないと伝わらない、と思い、話しているうちにあれもこれも、と話が広がってしまい、聞く側は呆れてしまう。
本作品は長く話してしまう人のうちの一人はこう考えているんだよ、とお伝えをする物です。
全員に当てはまるものではありません。
ご了承ください。
小学校の頃から僕を苦しめてきた「言葉の壁」は、制服に袖を通した今、さらにその高さを増したように感じていた。クラスは、新しい人間関係の構築という名の「刃物」が飛び交う戦場だ。皆、少ない言葉で、いかに面白く、いかに核心を突いた意見を述べる。彼らの言葉は、研ぎ澄まされた刃物なのだ。必要なものだけを切り取り、一瞬で獲物を貫いてしまう。
一方、僕の言葉は大きすぎる布だ。核心を包み込むように、何重にも、何重にも、関連する「物語り」を並べて覆ってしまう。
ある日の昼休み。
四人グループで、校則について話し合っていた。
内容は 「靴下の色について」だった。
「ダサいよな、白限定って。せめて黒くらい許容しろって」と、サッカー部の西野が言う。
僕には、その校則が生まれた背景に興味があった。それは単なる「ダサい」という感情論ではなく、もっと複雑な社会の構造が絡んでいるはずだ、と。
「あのさ、僕、歴史を調べてみたんだ。今の校則の元になったのって、昭和の管理教育の時代で…その頃って、集団の統一性が善とされてて、個性が、反抗のサインみたいに見られてたんだよね。で、白ソックスって、当時は清潔とか素朴みたいな、無垢の象徴だったから…」
僕は、心の中で、「だから、今の時代にそのルールを維持するのは、過去の価値観に引きずられている証拠ではないか」という結論に向けて、必要な根拠を順番に並べていた。僕にとって、この歴史の連なりを説明せずに結論を言うことは、「幽霊」について語るのに、その存在の根拠を一切説明しないのと同じくらい、不誠実なことに思えたのだ。
しかし、西野が、僕の言葉を遮った。
「ちょ、航。今、哲学の授業始まった? 結局、何が言いたいの?」
「そうだよ、航。さっきから『昭和』とか『管理教育』とか専門用語ばっかり並べてるけど、俺らは『白ソックスはダサい』って話してるんだよ。聞いてるのは、もっと単純な感想なんだ」
隣で聞いていた女子の山下までが、困惑した顔で言った。
「航くん、話が長すぎて、途中で何を聞いていたか忘れちゃうんだよ。なんていうか、お凌ぎにたどり着くまでに、前菜が百皿くらい出てくる感じ?」
「前菜が百皿」。その言葉が、僕の胸に深々と突き刺さった。
違う。僕にとっては、その一皿一皿が、「味付け」なんだ。歴史の背景、社会の構造、当時の価値観…これらが全て揃って初めて、僕の「今の校則への不満」が完成するのに。
僕の頭の中では、点と点が、理路整然とした線で繋がっている。だが、口から出た瞬間、その線は断ち切られ、意味不明な「点の羅列」としてしか、皆には届かないのだ。
その夜、自分の部屋で、僕は壁の向こう側を想像した。
彼らが求める会話とは、『結論』という『感情の短縮』だ。
例えば、僕が感動した映画について話すとする。
僕:「あの映画、冒頭のセリフがない五分間のシーンの構図と色使いが、主人公の孤独を完璧に表していて、それが中盤のクライマックスで伏線として回収されるんだ。その構造の美しさが、僕の魂を揺さぶったんだ…」
友達A:「へぇ。面白かったってこと?」
「面白かった」。この一言で片付けられるたびに、僕の「魂を揺さぶった」熱意の全てが、薄い水で流されてしまうような喪失感を覚える。
彼らの言う「結論」は、僕の「感情」の、たった一文字に過ぎない。僕が本当に伝えたいのは、その裏に隠された、インクの染み込んだ複雑な模様なのだ。
思春期特有の「早く、自分の存在を認められたい」という焦燥感は、僕をさらに追い詰める。
僕は、言葉が通じないせいで、「変わり者」「話の長い奴」「面倒くさい奴」というレッテルを貼られ始めているのを知っていた。
ノートの隅に、僕は「言いたいこと」を書き出す。
【結論】:自分たちの世代が、未来の環境について真剣に考えるべきだ。
そして、その下に、「僕にとって、この結論に至るために必要な全てのパーツ」を書き連ねる。それは、海洋汚染のレポート、学校の裏にある小さな川の汚さ、去年の夏休みの家族旅行で見た美しい森…数えきれないほどの、論理と感情の断片だ。
僕にとって、この全てのパーツは、命綱だ。これを捨てて「結論」だけを言えば、それは僕の言葉ではない。
だが、皆が求めるのは、この「命綱」を切り捨てて、空を飛ぶ結論だけを差し出すことだ。
僕は、透明な壁に額を押しつける。
「どうすれば、僕の言いたい事、分かってもらえるのかな」
誰も見てくれない、この複雑な模様を。誰も聞いてくれない、この遠回りな道を。
言葉は、いつも僕を、置き去りにして、孤独な場所に残していく。
僕の心の中の「真実の言葉」は、今日もまた、誰にも理解されないまま、ノートの隅で焦燥のインクとなって滲んでいくのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
彼は伝えたい思いを正確に正しく伝えようと思うがあまり、話が長くなってしまった主人公は後半、どうすれば僕の言いたい事が伝わるのだろうか、と考え始めるんですよね。
でも、世の中そう上手くは行かない。
失敗して失敗して失敗して、それでも諦めずに、繰り返して、半年がたって始めて、変わり始める、頭は使っていかないと、成長しないんです。
でも、頭を使っていけば変わるんです。
この小説が、あなたの助けになることを祈ります。
O(≧▽≦)Oキャーッ!




