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お昼休み

「カレン」

「カレン、聞いてます?」

名を呼ばれ、はっと顔を上げた。

声の主は、ルヴァン伯爵家の令嬢セリカ゠ルヴァンと、モレーユ侯爵家の令嬢ステラ゠モレーユだった。整った制服の襟元に品格を漂わせた2人が、心配そうな面持ちで私を見つめていた。

「大丈夫?顔色、良くないよ」

「私達が、見えてますか?」

「・・・うん・・・」

返事はしたけれど、自分でも声がうわずっているのがわかった。

「もう、お昼だよ。外、行こ?」

ステラの柔らかく労わるような声に、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。まるで、張りつめていた膜が、音を立てて軋んだようだった。

そうだ、昼休だ。

今までは、いつもアルファードと一緒だった。私が作ったお弁当を2人で並んで食べる、そんな何気ない時間が、どれほど愛しくて、どれほど当たり前だったのか。

もう、その席には、私の居場所は無い。

「・・・2人は、知ってるでしょ・・・?」

意を決して問いかけると、セリカとステラは顔を見合わせ、小さく頷いた。

「知ってる。あのシルビアが腹が立つほど大きな声で吹聴しているもの」

「ええ。寮内の女子はほとんど耳にしているはずですわ。“まだ正式な婚約ではありませんのに、もう婚約者気取り”で、かなり噂がたっています。常識をわきまえていただきたいものです」

セリカの口調には、珍しく刺があった。

完璧な立ち居振る舞いを貫く彼女にしては、それだけ苛立っているという証なのだろう。ステラもまた、呆れたようにシルビアのいる方向を睨んでいた。

「いいのよ。これが現実だもん」

私は慌てて立ち上がった。これ以上、彼女たちが何か言えば、それが私のためであっても、また余計な視線を集めてしまう。事を荒立てたくない。ただ、目立ちたくなかった。

そのときだった。

「ああっ!!アルファード様っ!!お待ちしてたんですよぉ!!」

わざとらしく甘えた声が、教室の隅から響き渡った。誰もがその方向に顔を向けた。

シルビアが、大きな布で包まれた手作り弁当を抱え、まるで舞台女優のように満面の笑みを浮かべて駆け寄っていく。

その視線の先にいるのは、間違いなくアルファードだった。

つい昨日までは、私を迎えに来てくれていたのに、今、彼は私に一瞥すらくれず、ただまっすぐシルビアに視線を向けていた。

足元が揺らいだ気がした。現実が、また一つ突きつけられる。

「お迎えが来たから行くけど、例の約束、忘れないでよ。未練がましく、邪魔なんてしないでね?」

アルファードのすぐ横を通り過ぎる際、シルビアがわざわざ私の前に立ち止まり、にこやかに、しかし唇の端をわずかに吊り上げたその顔には、明確な勝者の色があった。

まさか、アルファードの目の前でそんな言葉を口にするなんて、予想すらしていなかった。

幸いか不幸か、アルファードにはその言葉は届いていないようだった。

けれど、教室中の生徒たちには、はっきり聞こえていたはずだ。

いや、わざとそうしたのだ。

「私、アルファード様がいつも召し上がっていた場所で、お昼をご一緒したいので、教えて頂けませんか?」

「いいよ」

アルファードは、何のためらいもなく応じた。

その内容に、唖然とする前に関心した。

なるほどね。言い方を変えるだけで、勝手に答えが出てくる。

これなら、私からお気に入りの場所を聞かなくとも、自然に教えて貰える。

2人は寄り添いながら、教室を出て行った。シルビアの弾む声が、廊下に消えていく。

私は、ただ見送ることしかできなかった。

「・・・とりあえず、お昼、行こっか」

ステラが優しく声をかける。

「これからは、ずっと一緒に食べよう。お弁当セリカとステラの分ちゃんと作ってきたよ」

そう言って私は2人に微笑んだ。

「本当に?」

「あら、嬉しいですわ。カレンのお弁当とても美味しいですもの」

「だね。これは、ある意味ラッキーだね」

私の婚約解消よりもお弁当を心底喜んでくれるふたりの顔を見て、つい顔が綻んでしまった。

彼女たちと出会ったのは、小等部に入学した時だった。

自分で言うのもなんだが人見知りの為、小等部入学した時、緊張でうまく話せなかった私に、最初に声をかけてくれたのがステラだった。

昼休みに一人でベンチに座っていた私の隣に、にこにこと座ってきて「一緒に食べよ?」と言ってくれた。

その後、図書室で何度も顔を合わせるようになったセリカとは、ある日同じ歴史書に手を伸ばしたのがきっかけだった。

初めこそ口数の少ない彼女だったけれど、本の感想を語り合ううちに、自然と打ち解けていった。

もともと上級貴族だったセリカとステラは顔見知りだったが、あまり接点はなかったらしい。

けれど、私という橋渡しが現れ、とても意気投合し、また、私とも仲良くなり、俗に言う親友になった。

立場の差なんて、気にしたこともない。ただ、彼女たちはいつも私を“私”として見てくれていた。

「デザートは勿論、チョコだよね」

「違いますわ。ムースですわ」

ふたりの言葉に私は笑いながら立ち上がった。

「勿論、両方準備してるよ」

その言葉にふたりは満面の笑みを返してくれた。

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