アルファードの誕生日パーティー1
アルファードのパーティー開催時間は夜の十七時。
だが、私たちが会場のホールに到着したのは、すでに十九時を回っていた。
どうしても支度に時間がかかり、加えて距離もあるのだから仕方がない。
ホール入口の受付で招待状を差し出すと、受付担当の侍従は一瞬だけ目を見開き、すぐに奥へ消えていった。
静かなざわめきが広がる。
入り口前に案内され、名が呼ばれるのを待つ間、私はゆっくりと周囲を見回した。
視線が痛いほどに突き刺さる。
誰もが私に興味津々で、値踏みするように見ていた。
アルファードと婚約解消した後の私の様子を見たいと思うのは当然だろう。
未来の王妃の座を約束されていながら、あっさりと他の女に心を奪われ、捨てられた。
もしこれがただの貴族同士の話なら、噂話の一つとして片付けられたかもしれない。
だが、相手が王族であれば話は別だ。
その失墜は、国中の興味の的となる。
今日の彼らにとって私は、噂の中心に立つ見世物のような存在なのだろう。
しかも、パーティーに不参加という噂が流れていたにも関わらず、私が共に姿を現したのは、ゼットとオデッセイ様。
しかも三人が「揃えました」と言わんばかりの色調の豪奢な衣装を纏っていたのだから、その衝撃はなおさらだった。
「呼ばれましたわよ」
オデッセイ様が静かに告げる。
扉の先で、私たちの名が高らかに読み上げられた。
オデッセイ様は心底楽しそうに、そして誇らしげに微笑んでいる。
その笑みはまるで悪女そのもの、けれど、ただの享楽ではない。
扇子を「パンッ」と開く音が響き、彼女の一挙手一投足に、貴族たちの視線が釘付けになった。
音楽が変わり、重厚な扉が開かれる。
「参りましょう」
「はい」
その一言に応じ、私はゼットとともに歩みを進めた。
扉をくぐった瞬間、鼻をかすめたのは、香しい甘い香り。
見れば壁に沿うように、その花が綺麗に飾られていた。
やってくれたわね。
ホール内は、妙に静かだった。
見渡せば、会場は豪華絢爛であるにも関わらず、参加者は明らかに少ない。
気品を保とうとした装飾も、どこか軽い。
以前までのアルファード主催の催しでは見られなかった色遣い、明るく派手な調子が目立ち、まるで若い令嬢の誕生会のようだ。
上品さよりも、見栄えに偏った華やかさ。
資金的にこれが限界だったのだろう。
生演奏の旋律に混じるように、甲高い笑い声が耳障りに響く。
「下品ねぇ」
オデッセイ様は小さく吐き捨て、顔半分を扇子で隠した。
扇の奥で、冷たい光を帯びた瞳がフリード様に向けられる。
「挨拶もままならないようですので、踊りますわよ」
すい、と手を差し出す。
「はい、オデッセイ様」
フリード様が優雅に手を取り、二人は舞踏の場へと進んでいった。
本来ならば、ホールへ入場した瞬間に主催者が挨拶に訪れるもの。
それこそが貴族の礼節であり、入場前に名が紹介される理由でもある。
けれど、今夜の主催者、アルファードとシルビアの姿は、どこにも見えない。
「カレン」
名を呼ぶ声に振り返ると、お父様が早足でこちらへ向かってきた。
「お父様」
「とりあえずこちらへ。入り口近くでは邪魔になる。ゼット殿下もどうぞ」
促され、私たちは会場の奥へと進んだ。
その間も何人かの招待客が声をかけてきたが、私は穏やかに微笑むだけに留めた。
お父様の案内で進むと、お母様と数名の重鎮貴族が話し込んでいた。
だが、彼らの視線がゼットを認めた途端、表情が変わる。
渋い顔で小さく会釈し、その場を静かに離れていった。
「魂胆見え見えだな。俺がいなければ、カレンに何とかしてもらうつもりだったんだろう」
「そうでしょうね。もう、誰にも収拾がつかなくなっているのでしょうね」
「カレン、ゼット殿下」
皆が離れると、お母様がすぐに駆け寄ってきた。
「どうしてゼット殿下と一緒に……いえ、それは後で聞きます。それよりも…」
目線を伏せ、言葉を詰まらせる。戸惑いと不安が滲む。
「大丈夫よ、お母様。大体のことは見れば分かるわ。アルファードとシルビアは?」
「謝罪に追われているよ。ほら、あそこにいる」
お父様が目線だけで示す。
左奥、そこではアルファードとシルビアが、何度も頭を下げ続けていた。
その姿は、滑稽であり、痛々しくもあった。
「陛下と王妃様は?」
「一旦お下がりになった。今回のパーティーはすべて二人に任せたから、自分たちが出るべきではない、と王妃様が仰っていた。それと、お前が来たら伝えるようにと言われている。……悪いが、私たちはこれで帰るつもりだ」
「どういうことなの?」
「今日のパーティーを見て、やはりお前を婚約者に戻したいという声が再燃している。我々にはお前が言ったように、権力も金もない。強く責められれば、お前を差し出すしかなくなる」
お父様の言葉は静かだったが、その奥に苦渋があった。
この短時間で、どれほどの圧力を受けたのかが伝わる。
「わかったわ。もう大丈夫」
私は穏やかに微笑んだ。
「詳しいことは帰ってから話すけれど、私……ゼットと婚約を前提にお付き合いすることにしたの」
その言葉に合わせて、ゼットが私の手を静かに握る。
その手は温かく、安心を与えてくれる。
香りがふわりと漂い、胸の奥に穏やかな熱が広がる。
「だから、もう私を戻すことはできないわ」
私の言葉に、お父様とお母様は短く息を呑んだが、すぐに静かに頷いた。
そしてゼットに丁寧に頭を下げ、そっと背を向けた。
去っていく背中は、どこか憔悴していた。
この夜のざわめきの中で、二人の存在がひどく小さく見える。
「アルファードに挨拶して、私たちも帰りましょう」
「そうしよう」
そう言った瞬間、
バシッ!!!
皮膚を叩く鋭い音が、ホール全体に響いた。
音楽が止まり、ざわめきが走る。
誰もが息を呑み、音の主を探した。
私は静かに視線を上げた。




