我慢できません!!
足元がぐらつき、頭の中が真っ白に染まる。
呼吸が浅くなり、視界が揺れた。
「ほら、嬉しいだろ、カレン。私は気づいたんだ。君もまた、私にとって"真実の愛"なんだよ。君は献身的にどこまでも支えてくれ、私の身体を満たしてくれる。けれど、心はシルビアの愛が満たしてくれるんだ」
な……にを言っているの、この人たちは。
口の中に苦いものが広がる。
理解不能の言葉を、あろうことかシルビアの手を握りながら、誇らしげに語っている。
その笑顔は、かつては私を安心させてくれたものだったのに、今はただの腐臭を放つ仮面にしか見えない。
「ア……ルファード、あなた、本当に理解して言っているの?」
「もちろんさ。君は私に尽くすことを楽しみにしていたのだろう? 私は気付かずにいたけれどようやく悟ったんだよ。もう一つの"真実の愛"に」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
違う。
私は"尽くすため"に努力してきたんじゃない。
"愛されている"
と思っていたから努力してきたのだ。
「なれないわ!」
声が震えた。
「私は、私と一緒に歩んでくれる人に尽くしたいのよ!」
「だから、一緒に歩むよ」
「シルビアがいるでしょう!?」
「シルビアは君とは違う道を歩むんだ。彼女は私の心を癒す。君は私の代わりに動いてくれる。どちらも大切な愛だよ」
「私に馬車馬のように働けと言うの!?」
「違うよ。君は努力するのが好きだろう? だから私のそばにいるのが幸せなんだよ」
会話が全く噛み合わない。私の言葉は届かず、一方的に押し付けられていく。
苛立ちと恐怖とで心臓が早鐘を打つ。
「ほら、駄々をこねずに早く承諾してほしい。母上も立ち会ってくださっている。家に帰ってから家族に反対されたら、君の気持ちを反対されたら困るだろ?」
「そうなんですのぉ。カレンの気持ちが一番ですわぁ。だから今ここでお返事すれば、王妃様が証人になってくださるんですのよぉ」
王妃様が立ち上がった。
その鋭い視線は氷の刃のように私を射抜き、頷けと命じているように見える。
背筋が凍り、逃げ場を失った気がした。
この人、本当に自分の言葉の意味を理解しているの?
第二夫人。
それは制度として存在はしても、本来は跡継ぎの子に恵まれない場合の"最終手段"だ。
まだ婚約さえしていないのに?
不妊かどうかも調べていないのに?
それなのに、ここで私を第二夫人に落とすですって?
「父上もきっと驚いて、喜んでくれるよ」
「そうなんですのぉ。貴族の方々にお話ししたらね、大喜びだったのぉ。やっぱりカレンがいた方が安心なんですって。ねぇ、私、少し悲しくなっちゃったぁ」
「そんな気分になることはないよ。カレンが今まで通り全部やってくれたら、シルビアに対する態度はもっと優しくなるよ」
「そうよねぇ。私がアルファード様とずぅっと仲良くしていれば、皆も安心しますものぉ」
二人はまるで芝居じみた調子で、私を追い込むように笑い合っている。
吐き気が込み上げ、喉がひきつった。
「そうだよ。仕事は全部カレンがやってくれたら、私たちは安心して公務に就けるからね」
「何言ってるの!? 私がこれまでしてきたことが、公務につながるわ! 私は、第二夫人なんてならないわ! 二人がやるべきよ!」
狂っている。
「カレン、私たちだけしかいないんだ。素直になればいいよ。そんなふうに無理して一線引いて、私の気を引く必要ないんだよ」
「そぅよぉ。それにぃ、カレン、アルファード様のこと、すごぉく好きでしょぉ? あ、でもぉ、子供とかはダメだよぉ。ある程度落ち着いたらね、ちゃあんと、いい人紹介してあげるからね」
「そうだよ。私の本当の愛はシルビアだけだからね。けれど、カレンの気持ちを大切にしてくれる人を探してあげるから大丈夫だよ」
「そんなの必要ないわ! 私は第二夫人などにならないし、アルファードのことも前のように気持ちはないわ」
「そうだね。私に気持ちがある、とはシルビアの前では言いにくいよね。私もカレンは好きだけど、愛情ではないけれど、私を助けてくれるカレンは好きだよ。シルビアとは違う愛。これも、真実の愛、ということに気付いたんだよ」
なに、言ってるの?
何、そんな至極当然とばかりに笑うの。
「私のためならいつでも、助けて当たり前、と言っていたものね。嬉しいよね?」
「それは、私があなたの婚約者だったからよ」
「それはおかしいよ。それならまるで私の婚約者ではないと、尽くしてくれないみたいじゃないか。私だから、尽くしてくれたんだよね」
「そ、そうだけど……」
「それなら、私のそばにいて、私の補佐をするのが嬉しくて楽しいよね」
「違うわ、それとこれとは違うわ。確かに私はアルファードに尽くすことが楽しかったけれど、それは婚約者としての立場だったから。本来あなたの補佐をするべきは、婚約者。だから、シルビアがするべきよ」
「私ぃ、まだ無理ぃなんですのぉ」
「そうなんだよ。シルビアはまだ時間が足りないし、シルビアには向いてないことが多いんだ。それなら出来るカレンがするべきだろ?」
「いいえ、シルビアがするべき」
「だから、カレンが第二夫人になれば問題ないよ」
だめだ。全く話が繋がらない。
「心配しなくても、誰も反対しないよ。そうだよね、第二夫人、とはしばらく存在しなかった。けれど、既に貴族の方に承諾は貰っているよ」
身体が強張る。
アルファードの言う貴族の方々とは、発言力を持っている方々。
「皆喜んでいたよ」
逃げられない。
アルファードは、王子。
その上、発言力を持っている貴族の方々が結束すれば、それは国さえも動かすほどの権力を持っている。
私などが、逆らえるわけがない。
でも、イヤよ!!
考えるのよ。
考えるのよ。
この流れを全部、全部くつがえして、絶対に文句言わせないこと。
「わ、私、ゼットと婚約するのよ!! だから、無理よ!!」
わけのわからない身体の震えを必死に奮い立たせるのはいいけれど、口から訳のわからない内容が出てきた。
婚約の約束なんてしてないが、今、これしか浮かんでこない。
これ以上の言い訳、いい案が浮かばない。
「そんな嘘言って、気を引く必要ないよ。いや、可愛いことをしてくれるね。そんなすぐに分かる嘘をついてね」
こんな人、だったのだ。
今まで優しく常に私のことを考えている、と思っていたが、そうではなかった。
自分のために動いてくれるから、優しかったのだ。
よくよく考えれば、アルファードは何一つ率先して動くことはなかった。
誰がやるべきだ、
と言うから動いていた。
ある意味操り人形であり、そこに人としての常識があるのだろうか?
「けれど、ゼット殿下に失礼なことを言っているよ。母上も聞いてしまったから、誤魔化せないね。でも、大丈夫だよ。第二夫人になれば全て私が上手く流してあげるよ」
「嘘じゃないわ。招待状を出して」
上ずる声を必死に抑え、私についてきた召使に声をかけると、封筒を出し、アルファードに渡した。
怪訝な顔で封筒を受け取る。
隣にいてニヤニヤとイヤな笑いをしていたシルビアが面白そうに覗き込んだ。
アルファードが封筒を裏返し、紋章を確認し、少し目を見開いたが、それだけで中身を見ず、大きく溜息をついた。
そして、愚かな、という顔で私を見た。
「お二人が婚約解消したのは知っているけれど、まさかオデッセイ様を巻き込む気かい? 勝手にゼット殿下を婚約者に仕立てた上に、オデッセイ様の手紙ひとつで本当に婚約者になったかのように言うなんて、少し、見損なったよ。そこまで、シルビアを選んだことを根に持ってるの?」
呆れて言葉も出ない。
どこからそんな身勝手な考えが出てくるの?
確かに、確かに、ゼットのことは、嘘だけど、そこは、認めるけど、
今、
私、
本気で、
ゼットと婚約したほうが絶対に私のためだ、
と断言できる!
「その言葉、オデッセイ様とゼットに伝えてあげるわ。王妃様、今の言葉お聞きになりましたわよね!」
だったら、逆に王妃様を使ってあげるわ。
「ええ、聞きました。そうして、ゼットが貴女に好意を持っていることは、姉上から漏らして、そして、ゼットを見ていて分かっています。それで、カレン確認しますわ。第二夫人になりますか?」
「なりません!」
はっきり、きっぱり言った。
冗談でもやめて!
「カ、カレン!?」
「ど、どうしてぇ!?」
「黙りなさい!!」
王妃様の一喝に二人は顔を強張らせた。
「答えは聞きました。そうして、カレンの言葉に嘘ありません。アルファードは招待客の確認をしなさい。シルビア、あなたは部屋に戻りなさい」
「え、でもぉ」
「私に、口答えするのですか!?」
静かながらも棘のある厳しい言葉と、
「あ……いえ……でもぉ、私、寮に帰る時間ですしぃ」
「全く、言葉遣いもままならないとはいささかどころか、不安要素しか見せられないのですか!? やる気が無いのなら帰りなさい。そのかわり二度と王宮に足を踏み入れることは許しません!!」
「それは困ります、母上」
「まだいたのですか? なるほど、それほど余裕があるというのは、昨日渡した名前はすべて覚えたのですね。わかりました、では、これから確認いたしますので、こちらに参りなさい。では、まずはガルガン王国の」
「あ、いえ……!! では、私は先に失礼いたします」
「わ、私もぉ。失礼いたしますぅ」
二人は、逃げるように出ていった。
部屋の中が静かになり妙な緊張感が張り詰めた。
そうして大きな溜息が聞こえ、見ると王妃様が疲労感の顔で首を振られていた。
「カレン、お疲れ様でした。お帰りなさい。申し訳ありませんが、姉上に渡して欲しい品物がありますので、ゼットに渡してもらえませんか?」
「……もちろんでございます」
「あとは私の方で片付けますので、心配しないで下さい」
片付ける?
なんだか変わった言い方をされたが、鋭く光る瞳で、優しく微笑まれ、怖くて何も言えず、急いで部屋を出て、急いで屋敷に帰った。
お父様に報告すると、烈火の如く喚き怒り、陛下に抗議する、と言い出したがそれを止め、王妃様の言葉を告げると、何故か顔を強ばらせ静かになった。
そうして、任せよう、と一言言った。
私も、
これ以上、
本気で関わりたくない、
と願った。




