兄ソリオ目線
「父上、何故こうなったのですか!?」
昼食を皆で食べながら、勿論カレンはいないが、父上に噛み付いた。
「知らん!!ハリアーは隣の国で条約調印式の為に訪問している。どうもアルファードが勝手にやったようだ!ハリアーに相談したら反対されるのをわかっているから、いない間に動いたんだろう!!」
ドン!!忌々しく机を叩いた。
忌々しげに拳で机を叩いた瞬間、銀のナイフとフォークが皿の上で跳ねた。
静寂の中で、それだけが乾いた音を立てた。
朝早く、妹であるカレンと父上が王宮に呼ばれ、嫌な予感はしていたが、案の定、帰ってきてからのカレンの真っ青な顔と無表情。
何も語らず、ただ、空っぽのような目で前を見ていたあの姿。それが答えだった。
誰にも会いたくないとカレンは部屋に籠り、全く顔を出さなかった。
扉越しに声をかけても、返事さえ返ってこない。返ってきたのは、時折押し殺すような息遣いだけ。あの子は泣くとき、必ず音を立てまいとする。幼い頃から、そうだった。
「なんですか、その子供騙しは!!こんなこと本当に通るんですか!?ハリアー様もカレンがもっとも相応しいと言っていたではありませんか!」
「・・・ああ、その通りだ!アルファード様を支えられるのは、カレンしかいないんだ!!本人が全く分かっていない!!」
「ポルテ様は?」
私たちの言い合いに不安そうに、母上がアルファード様の母君、つまり王妃様の意見は、と聞いた。
「本人が決めることだ、と仰ったそうだ。・・・確かにそうだが・・・」
言葉を濁し、父上も母上も沈痛な面持ちで下を向いた。
カトラリーの音もいつしか止まり、食卓に広がるのは、肉の香ばしい匂いだけだった。誰も手をつけようとしない皿の上のローストが、冷めて乾き始めていた。
カレンがアルファード様を好きだったのは、見ていて分かった。
とても、一生懸命だった。
誰に強いられたわけでもないのに、王家に相応しい振る舞いも、行儀作法も、法さえも、自分から学び続けていた。
「粗相があったら、アルファードに迷惑がかかるわ」
そう言って、夜遅くまで書や礼法の本を読みふけっていた姿を思い出す。
お菓子も、踊りも、剣術も、何もかも、ただアルファード様の隣に立てる自分でいるために。
真夜中でも書斎の灯がついていると、ああまた勉強しているのだと、私は自室の窓からその光を見つめていた。
けれど、妹が疲労を感じながらも楽しそうにする姿に暖かい気持ちで見守っていた。
「どのような感じの女性でしたの?」
母上が気になることを聞いた。
「同じクラスだと言っていた。スノート子爵家の娘で、可愛い顔立ちはしていた。カレンは可愛いというよりも、綺麗な顔立ちをしている。もしかしたらアルファード様に容姿的な好みがあったのかもしれないが、あきらかにカレンに勝ったという顔をわざわざ見せていた。それよりも、気品が全くない。がに股で背筋も曲がり、きちんと教育を受けているのか疑問だ。はっきり言って、アルファード様が騙されているとしか思えん!!」
親としては、娘が目の前で振られたのは、かなりショックだったのだろう。
ましてや、親友であるハリアー様と自分が蚊帳の外に追いやられているのも、気に入らないのだろう。
だが、私も納得いかない。
その場にいたら、殴っていたかもしれない。
怒りが収まらず、手にしたナプキンを無意識にぎゅっと握りしめていた。
「こんな事、許されるんですか!?ハリアー様の意見も、相談もなく勝手に決めるなど考えられません!!確かに本人の意思が尊重されるとはいえ、国の将来にかかわる事かもしれないというのに、もっと話し合うべきです!!カレンはあんなに頑張ってきたんだ!!・・・私も好きなんです・・・と言えば良かったのに・・・」
つい、口に出てしまった。
兄の私から見ても、カレンは優しすぎるんだ。
「そんなこと・・・あの子が言うわけないだろう。アルファード様が自分を好きではなかったと分かった時点で、身を引くことを考える子だ。国の為など、アルファード様は考えていないだろう。・・・帰りの馬車の中でも気丈に振る舞っていたが・・・泣くのを我慢しているのは、見ていて辛かった・・・。ソリオ、お前の気持ちは分かる・・・私も同じだ。だがどちらにしても・・・今更どうにもならないだろう。宰相様の前で他の女性を選び、カレンが承諾した以上、婚約は解消される。あとはハリアーが帰ってきてからどう動くかだが・・・。カレンの性格では、もう婚約はないだろう。いや!もう結構だ!!私の大事な娘をあんな奴にやるものか!!!」
父上が怒りに満ちた声で言った。
そこで、はっとした。
父上の言う通りかもしれない。
カレンがアルファード様を好きだからといって、その女性と別れて、またカレンと婚約?
ふざけるな!!
「そうですね。あの男に、カレンは勿体ないですね。逆に良かったかもしれません。カレンを本当に大切にしてくれる人がいるはずです」
「あなた、カレンに似合う婚約者を探してあげたら?」
母上が親心で提案してきたが、すぐに私は首を振った。
「母上、それは反対します。下手に父上や母上が選べば、カレンの事だ、心配させまいとその男性と結婚しますよ。好きになりました、とか嘘ついてでも。・・・少し放っておきましょう。カレンなら、幸せになれる相手を見つけますよ」
「そうだな。しかし、その娘の事はカレンから聞いていないか?同じ高等部だろう?」
「さすがに分かりません。1年と3年では校舎も違いますし、ましてやスノート子爵の名を聞いた事がない。男子はいるのですか?」
「中等部にいたはずだ。私もスノート子爵とは、仕事柄関わりがないしな。社交界で挨拶するくらいだ。まあいい。婚約解消されたのは事実だ。恐らく来週のうちには全貴族に文書が送られるだろう。そこからもしかしたら、カレンのことを気にしていた男性が動くかもしれん。・・・すまないがソリオ、後でカレンの様子を見てきてくれないか?兄のお前の方が、まだ気楽に喋ってくれるかもしれん」
「分かりました」
その後、まるで葬式のような食事を終わらせた。




