愛した人にはなれなかった
このゼノリア王国の第一王子であるアルファードの父、ハリアー様つまり陛下と伯爵家の父は幼なじみで、幼なじみでとても仲が良かった。
二人は少年時代、王都の学問院で出会ったと聞いている。身分は違えど互いに好奇心旺盛で負けず嫌い、気づけば何をするにも一緒だったらしい。
伯爵家、と言いながらもさほど権力はなかった為、本来なら王族と親しくなる機会などなかった。けれど、実力主義の学問院で、ハリアー陛下と剣術の模擬戦で互角に渡り合ったことがきっかけだったと聞いた。
その日からふたりはよく競い合い、支え合い、王都を駆け回っては笑い合っていたという。
時が経ち、それぞれに責任ある立場となった今も、その絆は変わらず続いている。
偶然、私たちも同じ年ということもあり、何かにつけてよく一緒に遊んでいた。
お城の中庭、私たちの屋敷の庭、学園の中でも、どこにいても自然と隣にいた。
春には一緒に花を摘み、
夏には水遊びをして、
秋には落ち葉を追いかけて、
冬には吐く息の白さを比べ、
笑った。
気づけば私は、アルファードを目で追い、声を聞けば自然と顔がほころぶようになっていた。
そのため、何の問題もなく、私たちは十歳で婚約した。
皆が祝福してくれて、父も母も嬉しそうだった。
それが当然の未来のように、誰もが信じて疑わなかった。
いつの頃か分からないが、アルファードが言った。
「本当に好きな人ができたら婚約解消しよう。別にカレンが嫌いなわけじゃない。一緒にいて楽しいし、とても落ち着く。でも、俺もそうだけど、カレンにも本当に好きな相手ができたら、その人と一緒になれる方が幸せだと思う」
そう言われて、私は「わかったわ」と答えた。
そのときの私は、あれはきっと私のことを想ってくれての言葉なんだと信じていた。
なんて優しい人なんだろうと、胸が温かくなったのを覚えている。
それに、私はアルファードが好きだったから、
絶対そんなことにはならないと思った。
アルファードが私以外の人を好きになるなんて、思いもしなかった。
今思えば、アルファードの本心をちゃんと聞いたことなんて、一度もなかったのに。
あまりにも側にいるのが当たり前で、あまりにも自然に日々を重ねてしまっていたから、私は勘違いしていたのかもしれない。
彼も私と同じように、
私を好きなんだ
と。
そう、思い込んでいた。
今朝早く、王宮から使いがやってきた。
「アルファード様が早急に、伯爵殿とカレン様に来てほしいと」
そう伝言だった。
胸の奥が、ひどく重くなった。
嫌な予感しかしなかった。
息をするだけで、胸がつかえて苦しい。
いつもなら、週末には王宮に行って、アルファードとたわいもない話をして過ごしていたのに。
けれど先月から、「用事がある」とだけ言われて、何度も断られていた。
学園でも、少しよそよそしかった。目が合うたびに、どこか誤魔化すように視線を逸らしていた。
何が起こっているのか分からずに、不安ばかりが積もっていった。
そして今日。
通されたのは、見慣れたはずのアルファードの部屋だったのに、
そこにいたのは、勝ち誇ったように私を見つめる、シルビアだった。
目が合った瞬間、何かが、音もなく崩れていくのを感じた。
その傍らには、静かに、けれどとても親しげに寄り添うアルファード。
ああ、これが“恋人”なんだ。
そう、直感した。
言葉ではなく、空気そのものがそう告げていた。
まるで世界から自分だけがはじき出されたような、冷たい風が頬をなでた。
全てが、崩れたような気がした。
シルビアは子爵家の娘で、同い年。私と同じクラスだった。
丸顔で、目が大きく、声も可愛らしい。
けれど、アルファードとは違うクラスだったのに、どこで仲良くなったのかなんて、全く知らなかった
私が気づかないうちに、2人はきっと、近づいていたのだろう。
私は、何を見ていたの?
私の何がいけなかったの!?
そう叫んで、問い詰めたかった。泣きつきたかった。
でも、胸の奥に冷たい自分がいた。
アルファードの幸せ望みたい、
と冷静な私がいた。
婚約してから、六年が経っていた。
あと二年で高等部を卒業し、国を挙げての正式な婚約発表。
それは国中の祝福を集める、はずだった。
私は、その舞台に立つはずだった。
アルファードの隣に立ち、笑っているはずだった。
私は、その未来のために、努力してきたのに。
誰よりも自分を律して、振る舞い方を学び、ドレスの着こなしや舞踏の足さばきまで完璧を目指してきたのに。
私は・・・私は・・・こんなにも、アルファードを愛していた。
でも私は、
アルファードの愛した人には、
なれなかった。




