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私とゼットの苦い思い出1


今日は、アルファードの七歳の誕生日パーティーだ。

朝から宮殿は華やかな飾りで満ち、昼過ぎには各国の要人が次々と到着し、夜には王宮最大の舞踏会が開かれた。

私はその隣で、アルファードの婚約者として、精一杯の笑顔を作り、来賓たちと会話を交わし、何人もの大人とダンスを踊った。

アルファードは、人の名前を覚えるのが少し苦手だけれど、私は得意だ。

けれどそのぶん、アルファードは会話の中で交わされた内容はよく覚えている。だから、私が名前を呼べば、アルファードが前にお話した内容を言ってくれるから、相手はとてもよく覚えていますね、と褒めてくれた。

だから、私たちは今日は二人でよく頑張ったのだと思う。

でも、

「……ごめん。疲れちゃった」

煌びやかなシャンデリアの光の下、誰にも気づかれぬようこっそりホールを抜け出して、私は庭園の奥へと足を運んだ。

夜の王宮の庭園は、昼とは違って静まり返っている。

月明かりに照らされた噴水、薔薇のアーチ、整えられた芝の道。

そのすべてがしんと沈み、まるで絵画のように美しい。でも、その美しさが逆に、疲れ切った身体にはどこか遠く感じられた。

誰も来ないような一番奥の方。

石造りのガゼボの裏手、茂みの影に身を隠すように腰を下ろした。

「……はあ……」

ため息を吐いて、ドレスの裾をそっと持ち上げる。足が、じんじんと痛む。

今年から小等部に入学し、私は"アルファードの婚約者"として、立ち居振る舞いだけでなく、装いも大人の女性として見られるように変わっていった。

その一環として履かされ始めたのが、ヒールのある靴だった。

はじめのうちは、歩くだけでふらついて何度も転びそうになったけれど、日々の訓練の末、舞踏会のころにはようやく「見られるようにはなった」と言われるまでに成長した。

そうして本番の今日。

何十人もの大人と踊り、広大なホールを巡って挨拶を交わし続けた結果、足はすっかり限界を迎えていた。

ヒールが擦れてできた靴擦れはもう破れていて、歩くたびに鋭い痛みが走る。

それでも、誰にも弱音を吐けなかった。

……でも、もう無理だった。

ドレスの裾を抱えて膝を立て、そっとその上に額をのせる。

ほんの少しだけ。ほんの少しだけ休んだら、また戻るからね、待っててねアルファード、

そう思いながら、まぶたがゆっくりと下りていく。

ふわりと夜風が吹いた。

月光が雲に隠れ、世界がわずかに陰る。

その時、

「……がさっ」

茂みの奥で、何かが動く音がした。

「……!」

私を探しに来た?

胸がどくんと高鳴る。

息を潜め、身を小さくして気配を消すようにした。

だが、

「……っはあ、なんだよ……ふざけんなよ、オデッセイ……」

聞こえてきたのは、聞き覚えのある少年の声だった。

思わず、私はそっと顔を上げた。

月明かりが戻った瞬間、茂みをかき分けて現れたのは、

「ゼット……様?」

見間違いじゃなかった。

王妃の甥にして、アルファードの腹違いの従弟。

ゼット様は、私を見つけると一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにため息をついて、私の隣にどかりと座り込んだ。

「お前も逃げてきたのか」

「逃げてきたというか……沢山ダンスして少し、疲れちゃって……脚が痛くなっちゃって……」

逃げてきた、とはっきりと言われると何だか後ろめたくなる。

「結構踊っていたものな。そんな脚が疲れるような靴を履いていたのか。そりゃ逃げたくなるな」

言われてはっとした。

あまりの脚の痛さに靴を脱いでいたからだ。

でも、今更隠すほど元気もない。

「うん……。ゼット様は何で逃げてきたのですか」

「あいつ、オデッセイが煩いんだ!俺の立ち居振る舞いが綺麗じゃないから、自分が綺麗に見えないじゃないかと言うんだ。それに、誰かに話しかけられたら、まず自分を持ち上げるように話を持って行くべきだ、と自分本位ばかり言ってきて、最後は俺に、はぁダッサイ王子だわ、と吐き捨てたんだ!」

「……」

言いそうだわ。

ゼット様は、唇を尖らせながら芝に転がって仰向けになった。

「まったく……あいつ、なんなんだよ。俺がちょっと背筋伸ばしてなかっただけで『王族のクセに猫背とか終わってるわ、あれだけ教育係をつけといてその程度!?税金の無駄遣いだと知りなさいよ!』とか言ってきやがって。しかも、自分の立ち振る舞いが映えないのは全部俺のせいって、なあ、それってただの八つ当たりだろ!」

「う、うん……それは、ちょっと……」

私もなんと答えていいのか分からず、曖昧に笑うしかなかった。

「しかもな、さっきは俺が一度言葉につまっただけで、『王族って喋れもしないの? あ、そうか、脳筋だったわね』とか言われたんだぞ?!」

「そ、それは……ひどいですね」

オデッセイ様は、公爵令嬢としての誇りがとても強い。しかも、家が多国間での交易を牛耳っているから、幼い頃から大人の汚い駆け引きや商談を目の当たりにして育ったから、口調が……容赦がない。

「俺なんだと思ってるんだ。俺は王子なんだぞ。それを」

その時だった。

「ゼーーーーーットーーーーーー!!!」

庭園の静けさを切り裂くような鋭い叫び声が、風に乗って届いた。

その声は、怒りに満ちていた。いや、怒りというより、呆れと苛立ちと、ついでに威圧が混ざりあったような、とりあえず、怖い感じだ。

私はビクリと肩をすくめ、ゼット様は顔をしかめ呟いた。

「うわ……来た……」



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