私の大事な友人
「ちょうどあそこを歩いているのはジムニー様だわぁ。お知り合いなら声掛けてみましょうよ。ジムニー様ぁ!!」
シルビアが急に声を上げ、手を振った。学園の庭の向こう側に、青年がゆったりと歩いている。
呆れるわ。
こんな遠くからよく見えたわね
それも、わざわざ確認する必要ある?
そこまでして、私を嘘つき女にしたいの?
そこまでして、アルファードに私を軽んじさせたいの?
ジムニー様がその声に気づき、こちらに気づいて小さく会釈すると、品よく近づいてきた。姿勢も整っていて、遠目にも品格を感じさせる立ち振る舞い。
なんだか巻き込んでしまって、とても申し訳ない気分になる。
「これは、アルファード様にシルビア様、カレン様。ご機嫌よう。呼んで頂き光栄です」
大きなヘーゼル色の瞳を細め、柔らかな微笑を浮かべる彼は、風が吹いているのも忘れてしまうほど穏やかだった。
「実はですねぇ、カレンがジムニー様からアルファード様のお誕生日パーティーにエスコートして欲しいなぁ、と言っていたんですぅ」
絶対違うだろ、的な馬鹿にした言い方。歪んだ口元を隠しもせず、まるで面白がるように語る彼女。
「えっ・・・!それは・・・嬉しいです」
頬を染めながら、ジムニー様は戸惑いも見せずに真っ直ぐな言葉を返した。そんな答えが返ってくるとは思わなかった私は、思わず慌ててしまった。
噂のジムニー様なら人気があるから他に候補がいるだろうと思っていたからだ。
「ま、待ってください。その、まだ、決めかねているのです。婚約解消したばかり、という立場もありますので、ゆっくり考えたいのです」
胸の奥がざわつきながらも、言葉を絞り出す。
「そうですね。でも、僕でよければいつでも言ってください」
「は、はい・・・」
どう答えていいのか分からず、曖昧にうなずいてしまった。
「そうか、それなら、心配いらないね」
アルファードの安堵したような声。その一言がきっかけになり、いい流れだと思って、私はこの場から早く逃げ出そうと決意した。
「その通りよ。だから、私のことはもう放っておいて。私達、婚約解消したとしても幼なじみ。そのことで変に勘ぐられて面倒なことになったら、アルファード様にもシルビアにも申し訳ないし、私も面倒だわ」
そして、王家の教育で仕込まれた、心がなくとも誰もが幸せだと錯覚する、あの微笑みを向ける。
アルファードは満足そうに頷き、シルビアは明らかに不機嫌そうに睨みつけてきた。
何もかもが上手くいかない、という顔だ。
「だから、何かあったらシルビアに相談するわ。じゃあ私は帰るね。シルビアも今週から王妃の教育でしょう?」
「そうよ」
得意げな顔が、逆に滑稽に思えた。
「頑張ってね。あなたならできるわ。だって、アルファードが選んだ人だもの。一応これまでのことを書面に残して宰相様に渡してあるから、何かあったら見て欲しいわ」
「まあ、ありましたわねぇ。でも、それはカレンのやり方でしょ?これからは私とアルファード様のふたりのやり方をするから大丈夫よぉ」
「そうね、その方がいいわね」
あなたなら、そう答えると思ったわ。
王宮には、宰相様、執事長、メイド長という経験豊かな人々がいるから、安心だわ。
「だから、今回からアルファード様の誕生日パーティーは悪いけどぉ、私達なりに変えてみようと思うの。ね、アルファード様」
「そうだね。基本は変えずに、私達の色というものを出していきたいんだ」
「そう、頑張ってね。では、失礼するわ」
上手く行けばいいけれどね。そんな生半可なものではないのだけれどね。
私は背筋を伸ばし、丁寧に会釈した。
「では、私も失礼いたします」
ジムニー様も同じく礼をし、私はさっさとその場を離れた。
もう振り向かない。いや、もう関わりたくない。
「あの、カレン様」
少しして、ジムニー様が追いかけてきた。
「その、本当に僕でよければ、エスコートさせてほしいです」
その言葉に、一瞬、心が揺れた。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。では、ごきげんよう」
返事を聞かず、私はさっさとその場を離れた。申し訳ないが、もう誰とも話したくない。ここで下手に一緒にいれば変な噂が立つとも限らない。
そうなれば、ジムニー様にも迷惑がかかるし、私も面倒だ。
はあ、と、やっと大きくため息をついた。
これで本当に、
アルファードと決別、
した。
不思議な感情が胸を支配する。とても落ち着いていて、何かが解けたように軽くなっていた。
早く帰ろう。
二人の視界から消えたくて、急いで正門を出たその時。
「カレン様」
この国の服装ではないが、見知った顔の年配の男性が、穏やかに微笑んでいた。
「キャリー。久しぶりね」
「そうでございますね。お元気そうで何よりですが、少しお疲れのようですね」
「知ってるくせにあえて言うの?」
近づきながら口をとがらせて言うと、キャリーはほっほっ、と喉を鳴らすように笑った。
「周知の事実を口にしたところで、何の咎がありますか?」
「意地悪な言い方ね。馬車の中にいるの?」
学園の通用門の前に見える豪奢な馬車。その紋章とキャリーの姿を見れば、誰が中にいるのかは明白だった。
「屋敷までお送りいたしますので、どうぞ」
軽やかに会釈し、私を促す。
「わかったわ」
馬車の扉が開けられると、すぐに彼が立ち上がり、私の側に来た。
「久しぶり、カレン」
「久しぶり、ゼット。半年ぶりかな」
「その通りだ。お互い忙しい身分だからな」
「私は、もう違うわよ」
ちょっと意地悪に、得意そうに笑って見せた。




