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婚約解消

「カレン。婚約を解消しよう。私はやっと本当の愛を見つけたんだ」

淀みなく、はっきりとそう言うと、アルファードは隣にいるシルビアに手を差し出した。

私に一度も見せたことのない、優しく、愛の、顔だった。

胸が、とても痛くなった。

心臓がゆっくり締めつけられるように、苦しくて苦しくて、呼吸の仕方さえ忘れそうになる。

「嬉しいわ」

シルビアはその手を取り、わざわざ私と目を合わせ、幸せそうに笑った。

ぎゅっと、唇を閉じた。

痛みに負けて震えてしまいそうな口元を、なんとか抑え込んだ。

「どういうことですか!? 急にそんな内容」

隣にいたお父様が納得できずに前に出ようとしたのを、私は手を出し制した。

「やめて、お父様。いいの」

「カレン!?」

お父様は、私の気持ちを知っているだけに目を見開き、信じられないという表情で私を見つめた。

ゆっくりと首を横に振り、お父様に微笑み、そしてアルファードに向き直った。

アルファードの少し後ろで控えていた宰相様が、ゆっくりとお父様に近づき制してくれているのが見えた。

それを確認してから、私は背筋を伸ばした。

「いいわよ。婚約を解消しましょう。そういう約束だったからね」

ちゃんと、笑わなきゃ。

笑っているつもりなのに、顔が動かない。

声が少し震えた気がして、心の中で自分を叱る。

私は、こんなにも努力してきたのに。

「そう言ってくれると思ってた。すまないな、私の方が先に見つけてしまって」

アルファードは気恥ずかしそうに笑い、シルビアの方を見つめた。

あの瞳の優しさを、私は一度ももらえなかったのに。

「ごめんなさいね、カレン」

甘えた声で謝るシルビア。その口元に浮かんだ勝ち誇ったような笑みを、見逃すはずがなかった。

分かってるわよ。あなた、嬉しいのでしょう。

胃が重たくなるような、ひどく苦しい感覚が体中を巡る。

「ううん。二人が幸せになってくれたらいいの。いつの間にこんなことになったの? 全然気づかなかったわ」

少し茶化すように口元だけ笑ってみせた。

本当に、全く気づかなかった。

私があなたのために何度もドレスを選び直していた時、私は一人で空回りしていたのね。

「いや、私も急にシルビアが大事に思えたんだ。そう思ったら、何もかもが愛おしくて、側にいたいと思った。それで思い切って想いを伝えたら、シルビアが泣きながら『私もよ』と言ってくれたんだ」

「だって、すごく嬉しくて・・・前から好きだったけれど、カレンという素敵な婚約者がいるんだもの。ずっと諦めなきゃって思ってたの・・・」

涙声で言うその声は、勝者の余裕に満ちていた。

私は、ずっと側にいたのに、

あなたは、私を一度も、そういう目で見てくれなかった。

私は、ただ、あなたにふさわしい人になろうと努力していただけなのに。

「じゃあ、両想いなんだ。本当に良かったね、アルファード」

にっこりと、精一杯の笑顔を浮かべた。

頬が震えて、うまく引きつってしまっていたかもしれない。

心が軋んで、叫び出しそうだった。

けれど、泣くわけにはいかない。

こんな場所で、こんな人たちの前で、私は絶対に泣かない。

「ありがとう。カレンが早く、私たちみたいに愛せる人に出会えるよう祈ってるよ」

私たち、

か。

私はその“たち”には入らなかった。

そうやって、線を引くのね。

「大丈夫よ、カレンなら。可愛いもの。すぐ相手が見つかるわ。本当は、カレンももっと早くアルファード様に解消してほしかったかもしれないわ。ねえ、カレン。政略結婚なんて、嫌だものね。やっぱり恋愛結婚がいいわよね」

意地の悪い言い方。だけど、正面から反論できない、頭のいい言葉。

「そうね。まあ、もともと私たちは、誰か好きな人ができたらすぐ解消しようと約束していたからね。では、宰相様。私たちはもう帰っても宜しいですか?」

笑顔を保ったまま、宰相様へ声をかける。

「では、ナギッシャ殿、カレン様がご承諾されたということで、婚約解消ということで宜しいですか?」

宰相様は、場を早く収めたいのか、早口でそう尋ねた。

これ以上ここにいれば、お父様が怒りを爆発させるかもしれない。

もう、この場にいるのが苦しい。すぐにでも立ち去りたかった。

宰相様も、お父様をちらちらと見ながら、不安げな表情だった。

「・・・カレンがそう言っているのだから、それでいい」

お父様が納得していないのは明らかだった。

けれど、それでも、私の気持ちを尊重してくれた。

「では、二人ともお幸せに」

最後ぐらい、綺麗に去りたかった。

すっと背筋を伸ばし、優雅に一礼する。

いかなる時も、

微笑みを絶やさずに。

いずれアルファードの妻となるその日のために、

徹底的に仕込まれた礼儀作法と教養。

それが、

こんな終わりの場面で役立つなんて。

なんて皮肉なの。

私とお父様はそのまま部屋を出て、屋敷へと帰った。

何も言わないお父様の沈黙が、いつもより重く、優しかった。

けれど、あの部屋を出てから、ずっと胸の奥が、張り裂けそうに痛い。

一度たりとも、私のことを「愛してる」と言ってくれなかったあの人を、

私は、

今もまだ、好きなままなのだと、思い知らされた。


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