少女と、ひらり歌う花
少女と、ひらり歌う花
内気で引っ込み思案な小学生のリンは、マンションの一室で、古いPCから見つけたVOCALOIDの歌声を聴く毎日を送っていた。机の横には、小さな水槽が置かれ、そこでは数匹の小さな命、おたまじゃくしが、ゆらゆらと尾を揺らしながら泳いでいる。学校でも家でも、なかなか自分の気持ちを言葉にできないリンにとって、バーチャルな歌声と、目の前のおたまじゃくしたちだけが唯一の心の拠り所だった。リンはそっと水槽に指を伸ばし、彼らの小さな世界を覗き込んだ。
ある雨上がりの午後、リンがいつものようにVOCALOIDに、自分で作った拙いメロディーをピアノロール画面に一つ一つ入力し、大好きな絵本の言葉を歌詞として割り当てて歌わせた瞬間だった。
「歌う」ボタンをクリックすると、画面の奥から、まるで無数の小さな星屑が集まるように、**虹色の光の粒子たちが生まれ出た。それらはリンが打ち込んだおたまじゃくしの形を模りながら、一粒、また一粒と、まるで意志を持っているかのように画面から勢いよく飛び出していく。微かな「チリン」という音とともに、光の尾を引く音符たちは、リンの部屋をふわりふわりと舞い上がり、水槽のそばを通り過ぎ、水面をきらりと照らすと、そのままベランダへと、夢のように流れ込んでいくのだ。**リンは思わず息をのみ、その瞳は期待に輝いた。
リンが恐る恐るベランダに出てみると、そこには信じられない光景が広がっていた。プランターに植えられた名もなき草花の間に、今しがたVOCALOIDが歌い出したばかりのメロディーの数だけ、見たこともない小さな花々が咲き誇っていたのだ。
それは、言葉とメロディーが織りなす、光り輝く「歌の種」の具現。
例えば、「ド」の音符に「あ」の歌詞が宿れば、丸い音符の頭がふっくらとした花弁となり、クルンと巻いた尻尾が愛らしい葉となった「あ」の文字を抱く、やわらかなピンク色の花が。「ミ」の音符に「き」の歌詞が囁けば、軽やかな八分音符の旗が、繊細なレースのような花びらを広げ、光る「き」の文字がそっと輝く、爽やかな水色の花が。「ソ」の音符に「さ」の歌詞が舞い降りれば、伸びやかな二分音符の形を基調とした、しっかりとした茎と鮮やかな赤色の花が、雨の雫を浴びて「さ」の文字をキラキラと煌めかせているのだ。
そして、まるでオーケストラの指揮者のタクトに応えるかのように、それらの花は**リンがピアノロールで音符を並べた順番通りに、ベランダの手すりやプランター、壁に、まるで音楽がそのまま形になったかのように美しく整列していた。**リンがVOCALOIDで音楽を奏で始めると、その魔法はさらに鮮やかさを増す。花たちは、**流れるメロディーに乗って、楽しげに、あるいは優雅に、まるで生きているかのようにリズミカルに揺れ始める。特に、その瞬間に奏でられている音符の形をした花は、まるでスポットライトを浴びたプリマドンナのように、一段と大きく、そして眩く輝きを放ち、周囲の視線を奪うのだ。**アップテンポの曲では、花びらが細かく震え、スローな曲では、花全体がゆったりと、夢見るように揺らめく。
リンは、この「おたまじゃくし音符の花」を自らの指先から生み出し、ベランダ一面に広がる、音楽とシンクロして踊り、輝く花たちのシンフォニーを見る中で、言葉とメロディーの持つ力、そして歌うことの奥深さ、楽しさを全身で感じ始める。彼女は次第に自信を持ち始め、学校でいつも一人でいる友人のもとへ、この秘密をそっと打ち明けるのだ。
二人が一緒に歌い、それぞれのメロディーと言葉が織りなす、光り輝き、リズムに乗って揺れる花々を育てることで、互いが抱える小さな悩みや心の壁は、いつの間にか消え去っていく。
ある特別な日、リンと友人が二人で、これまで以上に心を込めて、喜びと希望に満ちた壮大なメロディーをVOCALOIDに歌わせた。ベランダの「おたまじゃくし音符の花」たちは、まるで呼応するように、虹色に輝き始め、その光は近隣の庭や道へと溢れ出していく。
すると、その美しい光と音楽に引き寄せられるように、様々な場所から動物たちが集まってきた。一匹の堂々としたゴールデンレトリバーが、優しい眼差しでベランダを見上げ、低いけれど力強い声で歌い始める。その歌声は、メロディーの堂々とした部分を支える、温かいバスのようだ。隣のマンションからは、三毛猫とシャム猫が仲良く連れ立って現れ、可愛らしい高音で、楽曲に軽やかな彩りを添える。電線には、無数のスズメやハト、そして色鮮やかなインコたちが止まり、まるで空を埋め尽くすコーラス隊のように、それぞれの得意な音域で歌声を響かせる。さらに、近所の公園からは、数匹の愛らしい子犬たちが、尻尾を振りながら駆けつけ、無邪気な高い声で音楽に加わる。庭の茂みからは、深みのある鳴き声のカラスや、透き通るような声のウグイスも姿を現し、楽曲に豊かな奥行きを与えていく。
ベランダには、赤、青、黄、緑、紫…ありとあらゆる色に輝く、「おたまじゃくし音符の花」たちが咲き乱れ、その種類も、丸い頭の可愛らしい花、旗のような花びらを持つ優雅な花、細長い茎が特徴的なスタイリッシュな花など、実に多種多様だ。それぞれの花は、歌っている動物たちの声色や、メロディーの雰囲気に合わせて、色や輝きを変化させる。
そして、リンと友人の奏でる音楽が最高潮に達すると、動物たちの歌声と花々の輝きは一体となり、**まるで世界中の生きとし生けるもの全てが、心を一つにして紡ぎ出す、壮大で感動的なハーモニーが生まれた。**それぞれの動物が、それぞれの個性豊かな声で、リンたちの音楽に応え、喜びを分かち合っているのだ。花たちは、その音楽のリズムに合わせて大きく揺れ、特に音が鳴っている瞬間の花は、ダイヤモンドのように眩い光を放ち、その美しさは見る者の心を奪う。リンも友人も、その圧倒的な光景の中で、内側から光を放つように輝き、自然と体が動き出すままに、動物たちや花々と一緒に、喜びを全身で表現しながら踊り歌った。それは、花々や動物たちがリンの音楽を肯定し、励ますように共に創り出す、奇跡のような瞬間だった。疲れた肩にそっと舞い降りた光の種が、誰かの心に小さな笑顔を咲かせるのだった。
この日を境に、リンたちの周りには、いつも歌声と笑顔、そして色とりどりの「おたまじゃくし音符の花」と動物たちの賑やかな合唱が溢れるようになった。そして、リンたちの歌声から生まれた希望の種は、音楽に乗って、世界中の人々の心へと、優しく届けられていくのだった。
数ヶ月後、リンは自分の部屋の机に向かっていた。古いPCの画面には、VOCALOIDのピアノロールが静かに開かれている。ベランダには、以前ほどではないが、いくつかの「おたまじゃくし音符の花」がそっと咲き、風に揺れている。机の横の水槽では、以前の小さなおたまじゃくしたちはすっかり大きくなり、小さくて可愛らしいカエルへと姿を変えていた。水草の間を悠々と泳ぐ彼らの姿は、リン自身の成長と重なるようだった。もう、学校で誰かに話しかけられることに、以前のような緊張はなかった。友達と笑い合い、時には自分の意見を話すこともできる。
リンは、そっと自分の指先を見た。そこには、目には見えないけれど、確かに宿った歌の魔法の残り香があるようだった。新しいメロディーのアイデアが、頭の中で軽やかに弾んでいる。リンは、ふっと穏やかな笑みを浮かべると、新しい音符を鍵盤に打ち込み始めた。その顔には、以前の不安や孤独の影はなく、**内側からじんわりと温かい光を放つような、確かな自信と希望が満ち溢れていた。**窓から差し込む午後の光が、机に座るリンの小さな背中を優しく照らしている。リンの歌は、これからも、どこかの誰かの心に、静かに花を咲かせ続けるだろう。




