勇者が「魔王にならないか」と提案され、2つ返事で了承した件
『お前、私に代わって新たな魔王にならないか。』
口を開くや否や、男はそう言った。
『は?』
俺は困惑した。当然だ。目の前にいる、玉座に座って角を生やした大男。彼は全ての魔物、魔族を統べる存在...そう、魔王だ。俺は勇者として、この魔王を討伐しに来たはずだった。
普通ならそんな誘いに乗るはずがない。普通なら。しかし俺の待遇は、残念なことに普通ではなかった。
ある日王都に呼び出された俺は、神のお告げにより第14代目の勇者になったことを説明され、今すぐに魔王城に向かうよう指示された。初代から第13代がどうなったのかを聞きたかったものの、そんな勇気は出なかった。まぁ、まだ魔王が生きているということは、全員もうこの世にはいないのだろう。半ば諦めているのか、鼻くそをほじっている国王に3日分の路銀を渡され、その日のうちに王都を締め出されることとなった。
そのせいだろうか、困惑は一瞬だった。次の瞬間には、俺の返事は決まっていた。
『分かった、じゃあそういうことで。』
魔王にとって俺の返事は想定内のものだったらしく、驚くそぶりも見せずに話を進めた。
『では、これより力の受け渡しを始める。手を取るがいい。』
俺は1歩踏み出し、魔王に触れた。その瞬間、俺は魔王になったのだと自覚した。自身の魔力量、周囲の魔族の反応、そして頭部に生えた角。その全てが俺の変化を物語っていた。
『これだけでいいのか?』
『あぁ、こんなものだ。そもそも私も...いや、なんでもない。』
魔王...いや...先代魔王は何かを言いかけたものの、口をつぐんだ。そしてそのまま、どこかへと去っていった。
俺は世界のすべてを手に入れたかのような気になった。しかし、気のせいとも言い切れない。万を超える魔族や魔物の軍勢が配下にある今、文字通り世界の「すべて」は手の届くものとなっていたのだ。そうして俺は、部下に侵略を命じた。かつての魔王がそうしたように。俺を認めなかった王や国を見返すために。そして、この世界の「すべて」を手中に収めるために。
これまで俺はいつも最前線で戦っていた。魔王城に来るまでも決して楽だった訳ではない。数千の敵を倒し、幾つもの死線をくぐり抜けてきた。それが今はどうだろう。口1つで命令するだけ、魔王城で寝ているだけで、戦争は進んでいく。命の危機などない。手下がいくら死のうとも、知ったことではない。新しい勇者が選ばれるかもしれないが、ここにたどり着けるものか。
それから、数日が経った。安全地帯にずっといるというのは退屈なものだ。しかし、部下たちは俺の身を案じて出ることも許してくれない。新たな勇者の快進撃の噂は聞くものの、ここに来るのは一体いつになるだろうか。そんな中、1冊の手記を見つけた。そのなかには信じられない名前があった。
~~ 第13代目勇者 ~~
魔王は私に、自分が先代ー第12代目勇者であるといった。私はそんなはずがないと真に受けなかった。しかし、いまならそれが嘘ではなかったと分かる。なぜなら、私も新たな魔王となったのだから...
俺は驚きの余り手記を落とした。そうか、そうだったのか。あの時先代魔王、そして第13代勇者はそれを言いかけていたのか。隣に並んでいる手記を読む。それは、歴代勇者たちのものだった。初代から13代まで、1冊も欠けることのなく揃っていた。何も書いてない手記を手に取り、これまでのことを書き込む。俺のすることは、もう決まっていた。
数か月後、魔王城の城門が開いた。やっとこの日が来たのだ。開いたといっても内側から開けたわけではない。外側からこじ開けられたのだ。俺は玉座に座り、精一杯の威厳を出しながら第15代勇者を迎える。
そして言う。
「魔王にならないか」