天国の流星群
この作品は2022年に投稿した作品のリニューアル版です。
「なんか、つまんない」
神崎愛は部屋で一人つぶやいた。学校も部活も友達と遊ぶことも、ありきたりの生活に飽きていた。
きれいに整えられたベッドにダイビングし、枕に顔をうずめ、ふと、クラスメイトの、自称金星人こと金城要との会話を思い出した。
「僕の両親は金星に住んでいて、僕が流れ星を見たいと言うと、金星から地球に向かって手裏剣みたいに星屑を飛ばすんだよ。それが流星群。つまり流星群が見える日は、両親が…」
もちろんそんな話を信じるわけないが、面白いと思って心に留めていた。
「金城、面白いなあ」
愛はそうつぶやきながら、よしっと決意をした。
その日は、しし座流星群が見える日。神崎愛は、金城要が来る時間に合わせて登校し、思惑通りにすれ違った。
「おはよ、金城」
「おはよう」
金城要は背が高いが太っており、顔も中よりやや下くらいの普通の男子高生だ。これといって取柄はなく、宇宙とか神秘とかのマニアックな知識は誰にも負けないという変わり者。ただ、心は優しく、一度も怒ったことがないというほど性格のいい男だ。
普段ならすれ違っても軽く挨拶して通り過ぎるが、この日は要の横で立ち止まった。
「ねえねえ」
「何?」
要はちょっと怪訝そうな顔をした。
「今夜、しし座流星群の日じゃない?私、流れ星って、うまく見られないのよ。金城の両親が手裏剣みたいに流れ星を飛ばすとか言ってたじゃない?私にも見えるように流れ星を飛ばしてくれないかなあ」
そんな冗談を投げかけた。
「じゃあ、一緒に見る?」
要は冗談を返したつもりだった。
「うん、今夜、11時に校庭で」
愛は大きな目を輝かせて要の前でニコッとした。
「え…」
要は一瞬戸惑った。が、あまりにもうれしそうな笑顔に要は後にも引けず、笑顔を返して大きく頷いた。「約束だよ」と小指を立てて見せてから軽い足取りで去っていく愛の後姿を見て、要はため息をついた。まさか本当の約束になってしまうとは…。しかも、夜遅くに校庭で男女2人きりということは、もしかして、デート? 要の脳内妄想は早送りのように暴走し、気が付くとオーバーヒートしたかのように体全体に汗をかいていた。通りかかった水道の背面の鏡には真っ赤になった自分の姿が写っていた。
神崎愛はクラスで一番の美少女だ。丸い顔に丸い目が可愛らしく、眉で揃えられた前髪に肩甲骨まである黒髪、清潔感のある色白で細い首がなんとも言えない。今夜はその美少女と二人きりになれる。
要は夕食を済ませて念入りに歯を磨き、頭にワックスを付け、一番いい服に着替えた。
要は20分早めに来て体育館の前で待っていた。5分前からそわそわし始めたがまだ来ない。そして約束の11時になった。
「おまたせ」
清楚な黄色いワンピースの裾を揺らし、サンダル履きの細い足を覗かせながら歩く姿は、普段学校で見るよりも大人びて美しく、要はドキッとした。
愛は要の横にぴったりとくっついて座った。要は逃げ出したくなる気持ちになり、必死で流れ星のことだけを考えた。
「えっと、流星群が見えるまで、まだ時間があるから大丈夫だよ」
要がそう言うと、愛はにっこり笑った。
「お洋服着替えたんだね。髪も整っちゃって、カッコいいよ」
「寒くない格好しただけだし、頭は夜の風で乱れるとだらしないからさ」慌てて適当に思いついたことを口走った。「そ、それよりもさ、神崎さんも素敵だよ、制服と違って、大人っぽいというか…、きれいだよ」
愛は目をそらしてほんの少し顔を赤らめた。
「ありがとう」空を見上げて再び要の顔を見た。「金城と一緒に流れ星見られるなんて、楽しみ」
「僕だって」
二人は笑顔を交わして、空に向き直った。
「そろそろ見える時間だね」
「ねえねえ、金城、月と反対の方角でいいんだよね」
「そのはずだよ」
「金城…金ちゃん」
「金ちゃん?」
「金城より、そのほうが呼びやすいじゃん」
「なんか、昔のお笑いコントみたいだなあ」
「うーん、じゃあ、金城の下の名前で呼ぶのは?たしか、要君、だったよね?」
「そうだよ」
「なんか可愛い」
「そうかな」
「要ちゃんて呼ぶわ」
女子に下の名前を呼ばれて、要は体中くすぐったくなった。
一瞬魂が抜けた要を見て、愛は驚いた。
「要ちゃん?」
要は我に返り、笑顔を作った。
「ぼ、僕はなんて呼べばいいかな」
「愛…」
恥ずかしそうに横を向いた。普段いつも自身に満ちた愛が恥じらう顔を初めて見た。
「愛ちゃん」
要がそう呼ぶと、何も言わずに、要の腕を掴んだ。そして自分の腕を絡め、顔を付けた。
要は照れ隠しに空を見上げた。
「流れ星、見えるかな」
そのとき、ほんの一瞬、空がピッと光った。
「流れ星!」
要は叫んだ。
「え?」
愛は要から手を放し、空を見上げた。
「たぶん今のそうだよ」
「あー、残念」
落胆する愛の背中を、要は軽く叩いた。
「また見えるよ」
流れ星が見える間に願い事をすると叶うという。もしそうなら、要の願いは…。
「目をこらして、よーく見て」
彼女に流れ星を見せてあげたい。今日はそのことだけを考えていた。
愛は、ずっと空を見ている。
要は少し見上げる方角を変えた。
その瞬間、一筋の光が!
「愛ちゃん!」
要は叫んだ。
愛は即座に要と同じ方角を見たが、見えなかった。
「見えないよぉ」
要は、無意識に愛の肩を抱いた。愛は、一瞬要を見て、身を寄せた。冷たい手が要の手首に触れた。
「上着、貸してあげようか」
「ううん、それより、要ちゃんあったかいから、くっついてもいい?」
「え?ああ、いいよ」
要は平生のふりをしたが、内心、うれしくてしょうがなかった。高鳴る鼓動が聞かれていないか、恥ずかしくて息もできないほどだ。
要は星を探して気持ちの高ぶりをごまかした。
息を殺してただ空全体を漠然と眺めていたときだった。尾を引いた強い光が横切った。
「愛ちゃん!」
要が叫ぶと同時に、愛も叫んだ。
「要ちゃん!」
二人は顔を見合わせた。
「見えた!」
ハイタッチをして、気がついたら、抱きしめ合っていた。
生まれてはじめて、女子の胸の膨らみを体中に感じた。それだけじゃない、間近で感じる息遣い、肌のぬくもりを。
「ああっ」
要の息が声になって漏れた。要の声を聞いて我に返った愛は、要から離れて向かい合った。
「要ちゃんのご両親が流れ星を飛ばしてくれたのね」
「いや…」
「私ね、要ちゃんと仲良くなりたくて、流れ星を見たいなんて言ったの」そう言ったあとに、恥ずかしそうに下を向いた。「言っちゃった…」
要は立ちすくんだ。予想外のことに、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
そんな要を案じるかのように、愛は要を見上げた。
「次の流星群も、また一緒に見られるかな」
「え、い、いや、もちろんでしょ」
わけのわからない返事をしながらも、要は何度も頷いた。
彼女の願いは僕が叶えるんだ。だから、僕の願いの、彼女に流れ星を見せてあげることも叶えてほしい。要はそう思った。
愛を見ると、なぜか頬に涙を伝わせて、震えていた。
「愛ちゃん、どうしたの?」
「うれしくて…」
「え?」
再び愛を見ると、彼女はまっすぐに要を見ていた。その大きな目を向けられて、要は思わず目をそらした。
「要ちゃん」
「何?」
「次の流星群、また一緒に見てくれるって言ったよね」
「もちろんだよ、僕だって、愛ちゃんと一緒に見たいよ」
「流星群じゃないときも、一緒にいたいな」
要は考えた。これって、告白なのだろうか。成績がいいわけでも運動神経がいいわけでも、特技があるわけでもない。しかもイケメンでもなくて肥満体型の僕を、目の前の美少女は本当に好きになってくれているのだろうか。からかっているのではないか。でも、本当に嫌いな男だったら、夜遅くに会うこと自体ありえないだろう。ましてや、寄り添ったりハイタッチやハグをするなんて。
要は勇気を出した。大きく息を吸って、愛と向き合った。
「愛ちゃん」
「はい」
「僕、愛ちゃんが好きだよ」
愛は大きな目をさらに大きく開け、要の小さな目を吸い込むように見た。
「私も、要ちゃんが、好き…」
身を乗り出し、背伸びをして顔を近づけた。要は、愛に合わせて体を傾けた。
愛の唇が、要の唇に触れた。
「好き」
唇を付けたままそう言って、しばらく経ってから唇を離し、見つめ合った。
要は目の前の出来事についていけずに呆然とした。要の脳内は沸騰中、鏡を見たら、おそらく頭から湯気が吹いているだろう。
「ごめん」
要の口から無意識にその言葉が出た。
「なんで謝るの?」
「い、いや、僕なんかとキスしちゃったから」
「いいでしょ?だめなの?」愛は下を向いた。「そっかあ、地球人とキスしてるとこ見られたら、金星人の仲間に怒られちゃうよね」
「いや、そうじゃなくて…」要は一瞬考えた。もう一度愛を見ると、飼い主に見放された犬のような顔をして要を見上げている。
「大丈夫、もう金星には帰らないから」
「どうして?」
「地球人になって、ずって愛ちゃんと一緒にいるよ」
「要ちゃん」
彼女は満面の笑みで要に抱き着いた。そして、流星群の星空の下で、二人は、腕を組んで校門を出た。
空には今宵最後の流れ星が一筋輝いた。
頑張って告白した神崎愛と金城要の流れ星への願い事は叶えられた。もしかすると本当に、要の亡き両親が流れ星を作り出し、願い事を叶えたのかもしれない。