08 愛は深く月の様に
夜も更け、ひっそりとした街を抜けて、私は家に戻った。幸い誰にも見咎められることはなかったけど、コートのぬくもりが忘れられない。
ドアを開けると、テレジアがテーブルに肘をついて、じっと私を見つめていた。この時間……寝ていると思たのに──。
「ルォシー、遅かったわね」
口調は穏やかだけど、心配そうな眼差し。私はどきっとして目を伏せた。
「その、ごめんなさい。ちょっと、買い物があって」
「こんな夜更けに?」
私がもごもご応えようとすると、テレジアは’「ふふっ」と笑った。
「もしかして、デート?」
ズバリ言い当てられ、私は思わず顔を赤らめた。隠しきれていないことに自分でもようやく気付いて、薬缶の中にいるみたいに顔が熱くなる。
「そ、そんなんじゃ……」
「いいのよ。あなたにも、特別な人ができたんでしょう?」
テレジアの瞳が、優しく細められる。まるで娘の恋路を見守る母親のように。
「テレジア、私……」
「ねえ、どんな人なの? 良い人?」
問われて、私はテレンスのことを思い浮かべた。澄んだ瞳、柔らかな笑顔、そして混ざり合った微かな吐息の温度。
「うん。とても良い人。でも──」
言葉を切って、私は視線を伏せる。明らかな身分の差のこと、それによって生じる周りの目のこと、叶わぬ未来。それを思うと言葉に詰まる。
「ルォシー」
そんな私の心を見透かしたように、テレジアは静かに語り始めた。
「なんでも話してくれるあなたが隠し事をするってことは相応の事なんでしょうね」
「──……」
「でもね、恋は障害を越えて進むものよ。相手のことを想うなら、きっと道は開けるわ」
真っ直ぐに私を見つめるテレジア。その言葉は、まるでホットミルクの様に温かくて、毛布の様に私をくるんだ。こんな恋をしてはいけないと知っていて、それでも下した決断を、彼女は理解し、否定しないでいてくれる。
「……例えば、身分が違っても、関係ないの?」
「ええ。あなたがその人を、その人があなたを、心から想っているなら」
テレジアはそっと微笑んだ。
「ルォシー、私はあなたの幸せを願っているの。だからどうか、本当の気持ちに正直になって」
言葉を紡ぐテレジアの瞳は、まるで遠い日の思い出を映し出しているようだった。
「テレジアも?」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。すると彼女は、少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに穏やかな表情を取り戻した。
「さあ、どうかしら。でも私の話はいいの。今は、あなたのことが大事なのよ」
そう言って、テレジアは私の手を取った。あったかい。私は本当の母親を知らないけれど、きっと、母親はこうして娘の背中を押すのだ。
「でも火遊びはほどほどが肝心よ」
私はどこまで見透かされているのか気になってまた熱くなった。けれど、応援の言葉が嬉しくて、まっすぐ見据えて気持ちを決める。
「ありがとう、テレジア。私、頑張るね。幸せになれる様に」
これは決意だ。どんな障害があろうと、テレンスとの恋を諦めたくない。彼と一緒にいたい。そう心に誓った。
窓から差す月夜の明かりが、私の決意を優しく照らし出す。テレジアがくあっとあくびして、また微笑んだ。
月みたいに見守ってくれるテレジアにお礼の気持ちを込めて、明日の朝はちょっぴり贅沢な朝ごはんを作ろうと決める。
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