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05 僕と俺

 宮殿の一室。華美な調度に囲まれた中、俺はひとり窓辺に佇んでいた。都の喧騒を見下ろしながら、先日の出来事を繰り返し何度も思い返す。


 ルォシー。不思議な娘だった。


 あの目は生まれも育ちも違うと気づいていた。だが普通に接してくれた。むしろ俺を案じて、気遣ってさえくれた。宮中には無い、新鮮な感覚だった。


 政争渦巻くこの場所では、誰もがただ蠅の如く権威に群がる。皆、皇太子という看板しか見ていない。俺の気持ちなど、欠片ほども察してくれやしない。


「テレンス様、政務の時間です」


 背後から、侍従の声がした。ダレスだ。幼い頃から俺に仕える忠臣だが、宮中きっての堅物でもある。心を許せるのは彼くらいだ。他は皆……。


「わかった。すぐ行く」


 ため息をつきながら、俺は振り返った。窓の外には、見渡す限りの庭園が広がっている。豪奢な装飾と美しい花々。それらはすべて、権力の象徴に他ならない。こんなものが一体何のために在る。その草花の手入れを無くせば、何百人が何日間飯を食えるか。権力なんてクズだ。


 だが俺は、その権力の頂点に立つ存在だった。


「陛下がお待ちです」

「具合は? 今日は話せるのか」


 俺の返事に、ダレスが眉をひそめる。


「テレンス様、お言葉ですが……」


 口ごもりながら、彼は言葉を選ぶ。俺は苦笑した。


「いや、いいよ。飾りだもんな」

「……はっ。失礼しました」


 駄目だな。面白い娘に逢って、軽はずみになっているのは、どちらなのだか。浮かれている。


 だのに重たい足取りで、俺は政務の間へと向かう。長い廊下を歩きながら、頭をよぎるのはどうやってもルォシーのことだった。


 ──もう一度、あの目を見たいな。


 呟いた言葉が、虚しく廊下に響く。まるで、叶わぬ願いを神に告げるかのように。


 広間に入ると、冷めた空気が俺を包み込んだ。長い長い政務が始まる。


 妾の処遇問題、辺境の反乱、大臣の贈収賄疑惑──山積みの難題に、頭を抱える。


 誰もが己の野望の為に振る舞う。真に国の未来を案じる者など、この場にはいない。そんな中で、ただ俺だけが皇太子の仮面を被り続けなければならない。


 耐え難い疲労感と倦怠感。息が詰まりそうになる。


 ──逃げ出したい。


 政務が終わると、俺はフラフラと自室へと戻った。ベッドに倒れ込む。心身共に疲れ果てていた。


 目を閉じれば、ルォシーの顔が浮かぶ。澄んだ瞳と、優しい微笑み。地位も名誉もない、一介の少女。だが彼女は、俺にかけがえのない安らぎを与えてくれた。


 自由でありたい。そう願う俺にとって、先の出会いは特別な意味を持っていた。


「よし」


 俺は決意した。明日、もう一度彼女に会いに行こう。名前もない「皇太子」の俺としてではなく、また「テレンス」として。


 まるで明かりを求めるように、俺はルォシーという存在に惹かれていった。運命の悪戯かもしれない。なんでそこまでと思わないでもないが、きっと、自分にないものを彼女は持っているからだ。


 あの瞳。すべてを瞬時に見透かすような、あの目。


 もしくは、一切の希望を持たぬように生きているかのような、死んだ目。


 窓の外から、夜長鳥の鳴き声が聞こえる。いつもの夜の訪れだ。


 ──明日はどうやって声をかけようか。


 そんな思いを胸に、俺はゆっくりと眠りについていった。

貴重なお時間を割いてお読みいただき誠にありがとうございます。

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