04 母と娘
キッチンの戸を開けると、いつものようにテレジアが食事の準備をしていた。野菜スープの優しい香りが部屋中に広がっている。
「おはよう、ルォシー。ゆっくり寝られた?」
「うん、いい夢を見たの」
思わず口走ってしまう。テレジアは不思議そうな顔をしながら微笑んだ。
「そう、良かったね。あなたにはいつも素敵な夢を見て欲しいわ」
夢。この世界ではあまりに現実離れした言葉だ。でもテレジアはいつも私に夢を語ってくれる。きっと、私の人生が良くなることを願っているのだろう。
テーブルに着くと、テレジアが優しく頭を撫でてくれた。幼い頃から変わらないこの感触が、私をホッとさせる。
「ねぇ、テレジア。どうして私を拾ってくれたの?」
ふと、尋ねてみる。前にも聞いたことはあったけど、今日はなんだか特別を願ってもいいと神様が言ってくれたような気がしたから、自分を大事にしても良いと言われた気がしたから、安心したから、改まってそんなことを聞いてしまった。
「ルォシー、あなたは私の宝物だもの」
テレジアの瞳が、遠い日の思い出に揺れる。
「あなたを見つけた時、私はすぐにわかったわ。この子は特別な子だって」
「特別? 私が……?」
「ええ、あなたはきっと大切な使命を持っているのよ」
自分の娘に照れもせずにそんなことを言うテレジア。いや、やっぱりちょっとだけほっぺが赤いかも。
「特別かぁ」
「あの日から16年、神様はあなたをここまで育ててくださった。その意味を、あなたはきっと理解できる日が来るはずよ」
「テレジア」
「だからルォシー、夢を持って生きていきなさい。いつかあなたが私の夢も叶えてくれると信じているから」
湧き上がる感情を堪えきれず、私はきゅっと彼女にハグをした。するとテレジアもきゅっと返す。あったかい。
「ありがとうテレジア。大好き」
こういった些細なことに感謝できるのは、きっとあの彼が私に何かをくれたから。授かったのは、キラキラしていて、スラムにはないようなもの。だけど、誰の心の奥にもあるものだ。言い換えるなら、わくわくに近い。
私、たぶん浮かれてるんだ。
「ルォシー、あなたはずっと真面目に生きてきたわね。だからきっと素晴らしい人生が待っているわ。貧民にも、神様は時にサイコロを振るのよ」
「あはは、なにそれ──でも、そうだよね」
こういう人が母だから、きっと私はこの檻の論理の外側に居られたんだ。
「ありがとね、テレジア」
「ふふ。ほんとに、いい夢を見たようね」
私は彼女を母さんとは呼ばない。何となく、テレジアって呼ぶのが好きなんだ。
そして、少しばかりの特別をたっぷり味わった私は、どうせもう二度と訪れない奇跡の事は忘れて、日常へと回帰しようと、この無駄に高鳴る胸を黙らせるように、水を飲んだ。
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