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02 衝突

 ざわめきが日に日に大きくなる、貧民街と市民街の境に位置する巨大な市場。今日は特に人が多いなぁ。


 私は人ごみに揉まれながら、かきわけかきわけ、ある屋台を目指す。目的は布の仕入れだ。針仕事を続けるには、安価で質の良い布が必要不可欠。ここならある程度以上の品質が保証されている。


 人の波を掻き分け、ようやく屋台が見えた。でも、目当ての布が丁度目の前のお客さんに買われそう。人ごみを抜けると私はたっと駆け足になった。


「あの! それちょっと待っ──」


 その時。


 ──ドンっ!


 誰かと激しくぶつかり、私は地面に投げ出された。痛くはなかったけど、びっくりした。目を開けると、ローブを目深に被った男性が倒れている。


 しまった。布のことで頭がいっぱいになってた。


「あの、ごめん、大丈……」


 そう呟き立ち上がろうとすると、男性が先に立ち上がり、私に手を差し伸べた。


「すまない、僕が悪かった。君は大丈夫か?」


 顔を上げると、そこには月の光に照らされたような美しい瞳があった。暗闇に浮かぶ水晶玉みたいだった。見とれてしまいそうになったが、慌てて立ち上がる。


「だっ、だいじょぶ。その、前を見てなくって、ごめん」


 私の言葉に、彼は慮るように微笑んだ。


「これだけ混んでいると、仕方ないよ。それと──」


 男性が地面を見て、私も追って見れば、お財布の中身がが地面に散らばっていた。慌てて拾い集めようとすると、男性も手伝ってくれた。


「ごめん。でもあの、大丈夫だよ?」

「僕は、自分のしたことは自分で何とかしたいんだ」


 不思議な人だと思った。見目麗しいというには言葉が負けている様なこの麗人は、なぜこんな場所で、しかも貧民の私に優しくするのか。身分は肌でわかる。とても中流階級には見えない、訳ありの貴族なのだろうか。


 私が不躾にもジロジロ見ていると、ふと視線が合った。なぜだろう。まるで引き寄せられるように、目が離せなくなってしまう。


「ごめん、手が止まって……」

「君はなぜすぐ謝るんだ?」


 問われてもわからない。しいて言えば貧民だからだろうか。


「僕はテレンス。君の名前は?」

「ルォシー」

「……綺麗な名前だ」


 何の衒いもなくそんなことを言われて、私はかっと熱くなった。


「あ、ありがとう。でも、もうこんなところにいちゃ駄目だよ。私も含めて、貧民街の人間はいい人ばかりじゃない」

「君も悪い人なの? 驚いた。何かスられたかな」


 彼はポッケに手をやる。


「いいや、スられてなかった。ほら」


 言って彼はハンカチを取り出した。それで私の頬を拭う。


「なっ──」

「ほっぺに土がついていたから」


 土なんていつでもついてるのに。この人は貧民である私のことを、ちゃんと人として見てくれているんだ。


「ルォシー、僕はたぶんまた来るよ」

「何か目的があるの?」

「無かったよ」


 すこしだけ私を見つめて。


「でも会いたい人が出来た」


 その目線が私を射抜いた時、私の耳朶は朱く染まった。


「な、なんで?」

「あははっ。なんでだろうな。君と話していると、肩の荷が下りるんだ」


 そうして彼はさっと立ち上がり、雑踏の中へ消えていった。私はただ、ぼんやりとその場に立ち尽くす。手には彼が去り際に残したハンカチが残った。


 テレンス。不思議な人。また会いたい。


 ──願わくば、二度と会えませんように。


 心の奥で、小さな声がつぶやいた。この出会いが、新しい風を運んでくれますように。私の日常を、変えてくれますように。


 ──そんな幻想が果たされませんように。

貴重なお時間を割いてお読みいただき誠にありがとうございます。

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ご意見・ご感想もいつでもお待ちしております。

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