10 掟を破って
朝陽が差し込んで目覚めた私は、昨夜のテレジアとの会話と、テレンスとの逢瀬を思い出していた。胸に秘めたあの想い。身分違いの恋など、誰もが反対するだろう。けれど、私の心は迷いなく彼を求めている──。
「よしっ」
そっと身支度を整え、針仕事に向かおうとすると、玄関先でザワザワと騒がしい声が聞こえてきた。何事かと外に出てみると、そこには近所の主婦たちが集まっていた。貧民街でも耳が早く、口が軽い界隈の人たちだ。
「あぁら、ルォシーじゃなぁい」
「聞いたわよ、この子ったら、お貴族の男と会ってたんですって!」
「まぁあ、信じられなぁい!」
「でもこの目で見たのよ。仲睦まじく歩いてたんだからぁ!」
次々と飛び交う言葉に、私は息を呑んだ。どうして、バレたの──?
「違うわ、私はただ……」
「あら、否定するつもり? 往生際がわるぅい」
「身の程知らずにも程があるわ」
口々に非難の声が上がる。私は皆の視線に怯え、うつむいてしまった。
「みなさん、ルォシーを責めるのはやめてあげてください」
そう言って、人垣をかき分けたのはテレジアだった。
「私が育ててきた子です。ルォシーが軽はずみな真似をするはずがありません」
「テレジア、そうは言ってもねぇ。目撃情報だってあるんですから」
「ええ、そうよ。貴族と付き合うなんて、身の程知らずだわ」
口汚い言葉の数々。テレジアは毅然とした態度で言い返した。
「愛する人を選ぶのに、身分なんて関係ありません。大切なのは、お互いの気持ちです」
その言葉に、主婦たちはざわめいた。
「貧民が夢を見るなんてっ!!!!!」
「そうそう。この街の掟を知らないの? 身分違いの恋なんて、許されないんだから」
非難の目が、再び私に向けられる。胸が張り裂けそうだ。こんな理不尽なことが……。でも、掟は確かに在るし、法律でも禁じられているのは確かだ。
テレンスとの恋は、周囲の目には咎められても仕方がない。
……けれど、私の想いは本物だ。これを偽りようがない。
「──私は、その人を愛しています」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
「だから、どんなことがあっても、諦めたりしません」
真っ直ぐ前を見据えて言い切る。その言葉に、主婦たちは息を呑んだ。
「な、何よその強気な態度は! 認めたわね!?」
「私たちの忠告が聞く耳持たずってこと? 通報ものじゃない!」
「身分違いは永遠に結ばれないのよ。いい加減に目を覚ましなさい」
冷たい視線と罵倒が、容赦なく私に浴びせかけられる。私は唇を噛みしめ、じっと耐えた。
それでもテレジアは、堂々と私の前に立ちはだかってくれている。
「ルォシーの気持ちを、あなた方が決めつけるのは間違っています」
「テレジア、アンタ!」
「恋に正解も不正解もない。私はルォシーを信じます。彼女なりの人生を歩んでほしい」
毅然とした態度で言うテレジアに、主婦たちも押し黙った。
私の恋を、こうして擁護してくれる人がいる。その事実に、涙が込み上げてきた。
「テレジア……」
泣き虫で駄目な私の前に、いつでも夢を見させてくれる私の母親のような存在の彼女が立ってくれている。
私はぐっと拳を握りしめ、前を向いた。周囲の目がどうであれ、私はこの恋を貫く。テレンスとの絆を、誰にも否定させない。
「──皆さんの言うことは、もっともです。けど、私の人生です」
一歩、前に踏み出す。
「仮に首を縛られても、私はそれで構いません」
その言葉に、主婦たちは渋い顔をしながらも、ついに引き下がっていった。
「気持ち悪いわね」
そう言い残して。
私は、自分の心に嘘はつきたくない。たとえ世界中が賛成しなくても。
「テレジア、ありがとう」
「ルォシー、あなたの選んだ道が幸せに繋がることを、心から願ってるわ」
テレジアは優しく微笑み、私の背中を押してくれた。
だから、私は──歩み続けよう。不器用でも、ゆっくりでも。
死が二人をわかつまで。
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