01 リューシエの辺境で咲く
朝露に濡れた枯れ葉が、足元で音を立てる。裸足に冷気が染みるが、私はもう慣れっこだ。今日も一日が始まる。貧民街の端っこ。希望の欠片すら感じられないこの場所で。
私の名はルォシー・リン。生まれも育ちもこの貧民街だ。両親の記憶もなく、唯一の肉親は養母のテレジア。彼女に拾われた私は、この街の住人として16年を過ごしてきた。
ぐぅ。
「ううー」
毎朝、目覚めると同時に空腹が襲ってくる。食べ物は常に不足していて、一日一食が当たり前。ぼろぼろの小屋を出ると、同じような境遇の人々が行き交う。皆、うつむき加減で、目に光はない。
このリューシエという国は皇帝様を絶対権力者とする王政の国。テレジアはいつも、私に政治の話を言って聞かせた。いつかあなたが皆を救う光となるのよと。よくわからないけど、そんな幻想を抱くくらいには、このスラムは酷い。
私は井戸へ向かう。街に数少ない水源だ。冷たい水を汲み上げて、顔を洗う。鏡など持ち合わせていないが、水面に映る自分はぼんやり揺れている。
テレジアの待つ小屋に戻ると、朝食が用意されていた。とても業火とは言えないし、ひと口含めば、すぐに食べ終わってしまう。でもテレジアのご飯は好きなんだ。
「ルォシー、針をお願いしてもいいかしら」
「うん、まかせてっ」
テレジアが私に小さな布を手渡す。日銭を得るため、私たちは衣服の修繕を請け負っているのだ。町では新しい服を買う余裕なんてない。だから修繕は大切な仕事。私は黙って頷き、針と糸を取る。
「よしっ!」
昼下がり、私は街をさまよう。人々のざわめきに、子供の泣き声。物乞いの嘆願が、通りに響く。生まれ落ちた時から、私の耳に馴染んだ音だ。
──代わり映えのない閉ざされた世界。
ふと、街角で賑わいを見つけた。野良犬を囲む人だかり。彼らは石を投げつけ、哄笑している。逃げ場のない犬の悲鳴が、私の胸を締め付ける。
なんてことを、私は思わず駆け寄って犬を抱きかかえた。まだ子犬だ。投石は私に降り注ぐ。人々の罵声が飛ぶ。
「オイ、守ってんじゃねーよ」
「お前もオレらの畜生になるかァ?」
言葉と痛みに耐えながら、私は子犬を抱いてその場を走り去った。
夕暮れ時になっても、私は川辺に座っていた。子犬に傷はなくて安心した。子犬はどこかへ去ったので、私はただぼうっとした。私はこの街の論理に飲み込まれたくない。そう思う気持ちは、間違っているのだろうか。
日が沈み、街に灯りが灯る頃、私は小屋に戻る。テレジアが心配そうに出迎えてくれた。
「……ルォシー、どうしたの?」
頬に傷がついていたみたい。でも、私は痛くないから。
「平気だよ。いつもの事だもん」
私は、針仕事に戻る。布を縫い合わせながら、心の穴を埋めるように。こんな日々が、いつまで続くのだろう。貧しさから抜け出せない現実。でも、どこかに希望の種は落ちているはず。
布を抱き締めながら、私はささやかな祈りを捧げる。いつの日か、光が射すことを。風が優しく吹くことを。そして、私が本当の自分を見つけられることを──。
大丈夫、大丈夫。人はいつか必ず咲くために生まれてきたんだ。そうでなきゃ、悲しい。悲しいことが好きな人なんていない。だからきっと神様がいるのなら、全ての人を、綺麗に咲かせてくれるはずなんだ。
それが些か希望的観測すぎるとしても、私はそう思い続けたい。
大丈夫、大丈夫。きっと。
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