姉妹喧嘩お仕舞
ルインが敵チームの2人を負かした頃。
壁の反対側で、シキとルリは息もつかぬほど熾烈な戦いを繰り広げていた。
「百獣が恐れ慄く光の種よ 荒波の如く燃え滾り、嵐の如く焼き進め “朱雀の驀進”」
ルリが詠唱を唱えると、燃え上がる炎を纏った紅の鳥が現れ、シキへ突進する。
「千年不変の白銀よ 森羅万象を停止させ、永遠の牢獄に閉じ込めろ “永久凍土の盾”」
シキも氷の盾を生成し、間一髪で攻撃を防ぐ。
このように両者はあと一歩の所で攻めきれず、一進一退の攻防が続いていた。
ルリもシキも、学生の域を超えたレベルにある。だがしかし純粋に技量のみを比べたのであれば、シキの方が一段上手であると言える。
ではなぜ試合の均衡は保たれているか?その要因は、シキの得意魔法が氷魔法であるのに対して、ルリの得意魔法は炎魔法であるからだ。炎は氷にとってまさに天敵。
両者の技量の格差は魔法の相性の悪さによって埋められ、試合は膠着状態となっていた。
「随分腕を上げましたね、ルリ姉様。以前手合わせした時とは見違えるようです」
シキが素直にルリを讃える。するとルリは少しムッとした様子で話す。
「そういう上から目線の褒め言葉を言うのは、姉の役目でしょが!相変わらず可愛くない妹ね。まぁでも正直な話、貴方からの称賛はとび上がるほど嬉しいわ。貴方が素晴らしい才能を有していることや、血の滲むような努力をしていることを、私が誰よりも知っているのだから。そんな貴方からの称賛が嬉しくないはずがない。でもだからこそ、平民なんかと仲良くすることを許すわけにはいかない。周囲の人間がその人の将来を左右する。優れた才を持つ者は、優れた友を選ばねばならない。有象無象と共にいれば、いつの間にか有象無象に堕ちてしまう。貴方の才能が腐らせないためにも、平民とは即刻縁を切りなさい」
ルリの主張はこの国において決して間違っているわけではない。寧ろ常識的といっていい。
けれどもシキは毅然とした態度で、ルリの主張を拒絶する。
「私は私を強くしてもらうために、友人を作っているのではありません。喜びを分かち合うために、友を作ります。それに私は彼らを有象無象の1人とは思いません。私に刺激を与えてくれる、最高の友人です」
ルリは失望を露わにし、呆れた様子で話す。
「そう。説得は無駄なようね。それならば、力づくでするしかなわね」
そう言い終わるや否や、ルリとシキは同時に詠唱を唱える。
「虎を灰にす地獄の業火 龍を穿つ火神の槍 貫けぬものは無しと知れ “環炎の矛戟”」
「鮫を凍らす極寒の息吹 鯨を殺す北神の刃 阻めるものは無しと知れ “白天の嚆矢”」
炎の矛と氷の矢が美しい放物線の軌道を描き、衝突する。激しい温度差により暴風が生じ、砂埃が舞い上がる。
互いに渾身の魔力を込めた押し合いは熱く競り合い、観衆は固唾を飲んで押し合いを見る。
互角かに思われた力比べは、徐々に天秤が傾き始めた。その兆候を最初に見抜いた観衆の1人が声を上げる。
「見ろ!ルリが押し始めたぞ!ルリが優勢だ!!」
激甚の烈火が氷を溶かし、ルリの矛がシキの矢をジワジワと押していく。最初はほんの僅かであった差がどんどん広がっていき、いつの間にか誰の目から明かになるほど優劣が浮かび上がる。
勝ち色が見えたことでルリは更に気合を入れ、ありったけの魔力で押す。
「これで終わりよ!!」
氷の矢にペキィッとひびが入る。もう氷の矢は数秒とて持たないだろう。
誰もがルリの勝利を確信したその時、シキは静かに言い放つ。
「ええ。これで終わりです」
ルリの足元から氷の蔦が生えて、ルリに絡みつく。ルリは蔦を引きちぎろうとするも、力が入らず振りほどけない。
あまりに突然のことに、誰もが口を塞ぐ。そんな中、只1人状況を把握するシキが淡々と告げる。
「無駄ですよ。これは”凍土の葛”という魔法です。押し合いに姉様が夢中になっている間に、密かに発動しました。その蔦は触れた相手から魔力を吸い取ります。その蔦から抜けようと魔力を込めるほど魔力を吸われ、抜け出すのが困難になります。発動に少しだけ時間がかかるのでヒヤヒヤしましたが、これで終わりです」
シキが密かに魔法を発動していたことに、ルリがに気が付かないのも無理はない。シキは押し合いの最中、つまり上級魔法を発動している最中に、この魔法を発動したのだ。
上級魔法とは魔術師の中で1%しか使えない、非常に高等な技術。
上級魔法を使っている最中に別の魔法を発動するなど、あまりに技量が高すぎる。想定しろという方が無茶だ。
完全に拘束されたルリは唇を噛み、ため息をつく。
「やられたわ。上級魔法と中級魔法を同時発動するなんて、相変わらずとんでもない妹だこと。あっちも貴方の仲間がうちの副会長と書記を倒したみたいね。貴方の、いえ貴方たちの完勝ね。貴方の友人を貶めたことは謝罪するわ。それで、あの2人は何者なのよ?あの双子を負かすなんて、只の一年生じゃないわ」
ルリの言葉に、シキも柔らかい笑みを浮かべる。
「私の自慢の友人です。謝罪に関しては、私よりもあの2人にしてください。それと、私の“白天の嚆矢”が破られかけるなんて、正直想定外でした。次戦えば、危ないかもしれません」
「わざわざ私を傷つけない勝ち方を選ぶくらい余力があったくせに、よく言うわ。相変わらず生意気で憎たらしい、可愛い妹ね」
ルリもつられて笑みを零す。こうして試合と姉妹喧嘩は無事に終わった。