矜持の教示
俺たちとシキとの関係性を賭けた勝負は、その日の放課後に早速行うこととなった。
ルールは単純。3vs3で戦い、全滅したチームの負け。俺のチームは俺とオロチとシキ。相手チームは生徒会長であるルリと、それぞれ生徒会副会長と書記を務める双子だ。
戦いの場となる体育館でシキとルリが体操着に着替え終わるのを待っていると、ぞろぞろと多くの生徒がやってきた。勝負の噂を聞きつけて、見物に来たのだろう。
それを見たオロチが疎ましそうに喋る。
「耳聡い奴らだな。ま、ルリとシキの対決を見たくなる気持ちも分かるけど」
「ルリとシキって有名なのか?」
俺の発言に、オロチは露骨に呆れた表情をする。
「知らないの?ルリは国内最高峰のこの学校で歴代トップクラスの成績を誇るエリート中のエリート。家柄とルックスも相まって、学園のスター的存在だ」
「へー。あいつ、そんなにスゲェんだ」
他生徒とはオーラが違うと思っていたが、勘違いではなかったらしい。
「ああ。そんなルリの妹であるシキは、ルリ以上に天才だ。20歳以下の世界的な大会で、最年少記録を4年も縮める14歳で優勝。そのあまりに非凡な才能から、『神童』として持て囃されている。学園のスターvs神童。しかも2人は実の姉妹。見物したいのも頷ける」
「へー。じゃあお前は野次馬が来ることも計算に入れて、今の状況を仕向けたのか?」
不意を突かれたオロチはすっと息をのむ。
「俺はお前を信用はしたが、信頼はしていない。なんせ国家転覆を目論でいた凶悪犯罪者なんだからな。念のため、お前の動向は大方監視している」
「ストーカーかよ。もしかして僕のこと大好き?僕は内面で人を見るタイプだから、君のことは好きになれないや。ごめんなさい」
「俺が振られたみたいにするな。そして俺の内面が良くないと、遠回しに言うな。お前は平民の悪評と『シキが平民と仲良くしている』という噂を、ルリの耳に届くように流した。そうすれば、シキを心配したルリがシキに干渉する。そうやって今の状況を誘導した。違うか?」
オロチは情報戦のプロだ。”怪物”としてテロを起こしていた頃は、情報を巧みに操り、何度も衛兵を出し抜いた。未成年の少女を手玉に取るなど造作もないだろう。
俺の指摘に、オロチは決まりが悪そうに頭を掻く。どうやら図星のようだ。
「何のためにそんなことをした?」
「端的に言えば、シキを試すためさ。姉からシキに、平民から離れるよう忠告させる。その反応で、シキが僕らを本当のところはどう考えているのか探りたかったのさ。僕は疑り深くてね。平民と進んで友好関係を持つ王女なんて、不気味でしょうがないんだよ。ま、あの反応からして、本心から僕たちと仲良くしてくれているみたいだけど。あと、まさか闘う羽目になるとは思わなかったよ。最近の若者は、喧嘩っぱやくて困る」
そう言うとオロチは肩を竦める。最近の若者って、お前も若いだろ。
そうこう話していると、体操服に着替えを終えたシキとルリがやって来た。
「待たせたわね。早速試合を始めましょう。条件は忘れてないわよね?あとからごねるのはなしよ」
「当然!こっちの台詞だわ」
ルリが念を押すと、シキが好戦的な眼差しで言い返す。
両チームが準備できたのを見計らい、審判が高らかに宣言する。
「それでは始めます。3on3、はじめっ!!」
そう言い終わると同時に、オロチが魔法を発動する。
「風魔法”突風”」
“突風”はその名の通り、突風を生じさせるだけの初級魔法。使い道といえば、せいぜいいたずら程度ものである。
しかしどんな魔法も、結局は使い手次第。
魔術師の素質は様々あるが、最重要は魔力量だ。魔力量はシンプルだが、それ故に絶対的な強さである。
オロチは常人の十数倍にも及ぶ魔力量を持つ。これは最早、異常と言うべきレベルだ。
想像してほしい。例えば、力が常人の十数倍の男がいたとする。単純に考えれば、そいつの握力はゴリラよりも強い。本気で殴れば、鉄さえ容易に砕く。
さて、そんな奴と闘えるか?
常人の数十倍の魔力を持つとは、そういう話だ。
オロチが莫大な魔力量にかかれば、本来はなんてことのない初級魔法である”突風”も凶悪な魔法へ変貌する。
威力を底上げされた”突風”は、嵐の如く大気を揺らす。敵チームの3人を軽々と浮かし、バラバラの方向へ吹き飛ばす。
敵が風に流され分散したタイミングで、オロチは地面に手を付け、更に魔法を発動する。
「土魔法“土壁”」
オロチが叫ぶと同時に、地面から体育館を横断する高く分厚い土の壁が現れる。
壁の向こう側には、シキとルリ。壁の手前側には俺とオロチと、相手チームのの双子。
戦況は2つに分断された。この分断は、事前に作戦で決めていた。出会って1か月も経ってない俺たち3人がいきなり共闘するよりかは、分かれて個別に戦った方がマシだからだ。
オロチの魔法により作戦は見事に成功した。
相手もここまで派手な分断を行うとは予想外だったのか、双子は一瞬戸惑いと焦りの表情を滲ませる。けれどもすぐさま落ち着きを取り戻し、聊かのずれもない完璧な同時詠唱を唱える。
「「遍く命を守護せし星の化身 父なる大地から生まれし土砂の巨人 一切合切薙ぎ払い、小人に鉄槌を下さん “星の巨神兵”」」
ゴゴゴッというけたたましい音と共に地面が隆起し、丈5mはある巨大なゴーレムが形成される。かなり高度な魔法だ。上級魔法であることは間違いない。
「器用なもんだな。2人で1つの魔法を発動するか」
俺の言葉に、双子の片割れがふんと鼻息を荒くして説明する。
「どういう訳か我が家系は、双子が生まれやすくてな。『双頭の番犬』なんて呼ばれている。それ故、2人で1つの魔法を発動する技術が独自に発展した。我々は2人でなら、上級魔法をも発動できる。ルリだけでなく、我々も分断すべきだったな」
確かに2人でとはいえ、その年で上級魔法を使えるとは大したものだ。
だが肝心の完成度は稚拙もいいとこ。まだ上級魔法を使えるレベルには達していないのに、見た目だけはそれっぽくできたから、自分たちは上級魔法を使えると勘違いしたのだろう。
このレベルで満足しては勿体ない。老婆心ながら、魔術師の矜持について説いてやろう。
「そうか。なら俺からもお返しとして、1つ忠言をくれてやる。上級魔法を発動できたからといって、自分たちを凄いと考えるのはやめろ。昨今はどれだけ高難度の魔法を使えるかばかりを重視する風潮にある。だが俺から言わせてもらえれば、そんな風潮は全くもって無価値。魔術師の格を決めるのは、難しい魔法を使えるか否かではない。水魔法 ”水球”」
”水球”。水の球を生成し、操作するだけ魔法。戦闘において実用性は皆無。
だが先に述べた通り、どんな魔法も使い手次第。
人の頭ほどの大きさはある水の球を、ビー玉サイズまで圧縮する。極限まで収斂された水の硬度は、鉄と遜色ない。そしてその水球を、目にも止まらぬ速度で放つ。
その威力は弾丸に匹敵する。
水の弾丸はゴーレムの分厚い装甲を易々と貫き、ゴーレムの核を破壊する。核を破壊されたゴーレムはビキッビキッと亀裂が入り、あっけなく自壊する。
あまりにも簡単に自慢の魔法が崩れるものだから、双子は血の気の引いた顔になる。
若干申し訳ない気持ちになりつつ、俺は解説を続ける。まぁ、挫折も成長には必要だ。
「このように、初級魔法も極めれば上級魔法をも喰える。魔術師に大事なことは、使える魔法の難しさじゃない。如何に低コストかつ確実に敵を葬れるか。要するに一番良い魔術師とは、一番敵を殺せる奴だ」