不本意な結託
校外実習当日は、雲一つない日本晴れとなった。4月中旬だというのに、腕まくりをしないと耐えられないほどに暑い。俺たちは観光先に、国内外から多くの人が訪れる商店街を選んだ。世界最大級の店舗数とレトロな景観とが売りの、世界屈指の観光名所。
俺たちは今、その商店街の少し寂びれた魔道具店にいる。シキが言うことには、この店は知る人ぞ知る隠れた名店で、各地の逸品や珍品を豊富に取り揃えているらしい。
なるほど確かに、見世棚には初ついつい手が伸びてしまうような品物が沢山売られている。。
結局俺は、買い物かごが満杯になるほど程の商品を購入した。
俺が買い物は終えて店を出ると、手ぶらのオロチが外で待っていた。
オロチはパンパンに詰まった俺のリュックを物珍しそうに眺める。
「そんなに沢山何を買ったの?」
「全部魔石だ。俺は魔石収集が趣味でな。珍しい魔石が多いから、つい買いすぎちまった」
「これ全部魔石!?こんなに買って、何に使うんだ?」
「魔道具を作るためだな。オリジナル魔道具の制作も趣味なんだ。お前にもなんか作ってやろうか?」
「そりゃすげぇな。そういうことなら、良さげな剣を一本作ってくれ。お前なら性能は信頼できるしな」
「まいどあり。銀貨3枚な」
「金取るのかよ。しかも結構高い。つーか、シキは?集合時刻は5分前だぞ。置いて行こっかな」
「短気な奴だな。モテないぞ」
「るせ。小さい頃はモテてたんだぞ!」
「今はモテないんだな」
さらに10分が待つも、シキは現れない。ついにオロチがしびれを切らす。
「さすがにおせぇ。探そうぜ。歩き回るのも面倒いし、魔法を使うか。“索敵”」
オロチは魔力感度を高める“探索”を使い、シキを探す。
ところがオロチは”索敵”を使った途端、眉を顰め険しい顔をする。
「どうした?」
「店内やここ一帯から、シキの魔力を感じない」
「じゃあ、シキはどこにいるんだ?」
オロチは眉間の皺をさらに深くし、驚きの発言をする。
「店内に魔法が使われた痕跡がある。しかもその近くで、シキの魔力が途切れている。あくまで可能性の話だが、シキは誘拐されたのかもしれない」
「誘拐!?そこそこ人いたぞ?」
隠れた名店だけあり、平日の昼間にも関わらずそれなりに人がいた。誰にも悟られずシキを誘拐するのは、不可能にも思えるが…。
「それが可能な人攫い集団に心当たりがある。魔法の残滓から、そこのボスと同一の魔力を感じる。多分、間違いない」
オロチの魔力への感度は凄まじい。それは衛兵としてオロチを追っていた経験から、嫌というほど知っている。俺の知る限りでは、感知能力でオロチに勝るものはいない。そのオロチが言うのだから、間違いないのだろう。
「取り敢えず衛兵に知らせるか?」
「誘拐犯が僕の想像通りなら、連中はそこらのチンピラとは一線を画す一流の犯罪組織だ。衛兵に任せても、まず見つからない。まだ事件発生から時間が経っていない今、僕と君で対処した方が確実だ」
オロチは地図を取り出し、バツ印を幾つかを描き加える。
「バツ印を付けた地点は連中が潜伏に使うアジトだ。君はバツ印を付けた場所を虱潰しに当たれ。僕はここに書いていない場所をあたる。シキを見つけたら魔法で連絡しろ。何か不満な点は?」
オロチが端的に指示を出す。敵だった頃は恐ろしいが、味方に回ればこれ以上なく頼もしい。
そう思いながら返答する。
「お前に指示されることくらいだ」
油のギトギトとした不快なにおいに鼻孔を刺激され、シキは目を覚ます。手足を縄できつく縛られており、動けそうにない。目の前にはいかにもチンピラといった風貌の、小汚い男が複数名いる。
魔道具店でショッピング中に後頭部を殴られたことを、シキは朧気ながら思い出す。
シキは現状を推し量り、拉致されたのだとを窺い知る。
「起きたか、お嬢ちゃん」
男の1人がシキに話しかけてくる。年は40代程だろうか。不精髭が伸びており、目には生気がなくトロンとしている。
この男がチンピラを仕切るボスだと、シキは断ずる。身に纏う魔力の流れだけで分かる。かなりの手練れだ。他のチンピラとは格が違う。服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた体。腰には年代物の剣を差している。大方、元傭兵だろう。
「知ってる?私は王族よ。傷を一つでもつければ極刑決定。今なら見逃してあげる。私を開放しなさい」
シキは精一杯の虚勢を張って男を脅す。しかし男に動じる素振りはない。シキの不安や怯えを見透かしたような不敵な笑みを浮かべる。
「知ってる。だから攫った。極刑にビビっているようじゃ、犯罪組織の頭は務まらん。売り方次第では、王女は相当金になる」
男はシキをジロジロと無遠慮に観察し、くしゃりと顔を歪める。享楽と肉欲と優越感が混濁した、捕食者の目だ。
「しっかし、いい女だな。その反抗的な目も含めて俺好みだ。少し味わうか」
男はそう言うと、シキの制服をブチブチッと引きちぎる。服の下に隠された、シキの豊満な体が露わになる。
「ガキの割には、女の身体してるじゃねぇか」
「待って!!お願い!!やめてっ!!」
シキは抵抗しようにも手足は縛られているため、碌な抵抗は出来ない。シキは必死に嘆願するも、男はまるで聞く耳を持たない。寧ろ興奮した様子で、スカートに手をかける。他の連中は下卑た笑い声を上げてさんざめく。
胸の奥を締め付けるよな屈辱に、シキの瞳から涙が零れる。この現実から受け入れられず、シキは本能的に目を閉じる。
その瞬間だった。
轟音とともに倉庫の壁に穴が開き、薄暗い空間が柔らかな光で満たされる。
「悪い、サツキ。遅くなった」
潤んだシキの瞳に、光を背に浴びて輝くクレインが映りこんだ。