首席
入学式から2日が経過した日のホームルーム。担任が何気なく発した言葉により、俺は嘗てない窮地に立たされることとなった。
「来週の金曜日にレクリエーションとして、1日校外実習を行う。3~5人の班を作り、王都を自由に観光してもらう。これを機にクラス内の親睦を深めるように。班はクラス内で好きなように組め。班と観光するスポットが決まり次第、先生に報告してくれ。期限は来週の金曜だ」
3~5人組を作る。俺にとって、今後行われるどんな試験よりも遥かに難しい試験が始まった。
そもそも試験ではないが。
翌日の昼休み。俺はオロチと食堂にいた。
「どう?班員は集まった?」
ラーメンをずるずると啜りながら、オロチが聞いてくる。
俺はまずオロチと2人組を作った。これで必要なのはたったの1人。たかが一人だが、されど一人。大変なのはここからだった。
男子のクラスメイトにはほぼ声をかけたが、洩れなく撃沈した。貴族ばかりのこの学園で平民と同じ班になってくれる人を探すのは、砂漠でオアシスを見つけることより難しい。
「ま、そりゃそうだ。僕らと組んでくれるような物好きなんてそうはいない。余ったボッチと組むことになるだろね」
オロチがそう結論付けた時、横から声をかけられる。
「あのー、クレイン君にオロチ君だよね。隣いいかな?」
ナポリタンをお盆に乗せた女子生徒が声をかけてくる。
腰まで達する長い金色の髪。鮮やかな翡翠の瞳。陶器のように白く傷一つない肌。オロチとはまた異なる、絢爛華美な少女だ。もっとも、オロチは男子だから比べる自体は可笑しな話なのだが。
この子は確か、俺らのクラスで学級委員を務めている子だ。名前は…
「ぇえと、シキさん?どうぞ遠慮なく」
シキは隣の椅子を引いて、優雅な動作で座る。
「2人は仲が良いようだけど、校外実習は同じ班なの?」
「ああ。まだ俺とこいつしかいないけどね。あと俺とオロチは仲良くはない」
「ツンデレだなー、クレインは。僕たち、ズッ友じゃん?痛い!脛を蹴るな!!本当にツンデ、ッ痛い!ごめんって。調子のってすみませんでした」
くだらない冗談を言うオロチの脛を強く蹴る。凶悪犯罪者がズッ友とか、いつの間にか犯罪の片棒を担がされそうだ。
俺たちの会話をクスクスと笑いながら、シキは唐突に切り出す。
「そう。なら、丁度いい。私を貴方たちの班に入れてくれない?」
オアシスが向こうからやってきた。
「え!?い、いいの!?ほんとに!?全然いいよ!!」
俺は興奮のあまり挙動不審になりながらも、2つ返事で了承する。しかしオロチは怪訝な顔で尋ねる。
「なんの罰ゲーム?じゃんけんで負けたの?」
「おまっ!失礼だろ」
俺が咎めるも、オロチは気にせずシキを睨む。
「クレイン、こいつが誰か知らないのかよ。シキ・カルデア。この国の王女だぞ!?」
「あ、そうなんだ」
「本当に知らなかったのかよ。王族ってことは、この国のトップに属する人間。そんな偉大な王女様が、どうして平民の班に入りたがる?」
「貴方たちが面白そうだからよ」
シキはあっけらかんと言い放つ。俺もオロチもよくわからず首を傾げていると、シキは更に続ける。
「オロチ君は今年の1年の次席。クレイン君は徒手空拳なら学園内でも無類の強さを誇るクバエ家のシュモを、完膚なきまでにボコボコにしたらしいじゃない。身分に甘えたそこいらのボンボンより、ずっと面白そうだから、貴方たちと同じ班になりたいのよ」
俺はシュモをボコボコになんてしていない。1発、軽く殴っただけだ。
しかし先ほどまではシキのことを上品なお嬢様だと思っていたが、訂正する必要がありそうだ。
無邪気な子供によく似た、ぎらついた眼。シキは俺が想像する王女様とは、随分と差異がある。
オロチはステーキを一切れ飲み込むと、徐に喋りだす。
「ま、クレインに誰を誘ってもいいといった手前、歓迎するよ。疑って悪かったね、シキさん」
こうして、俺はついに3人組を作った。
「ところで、オロチって次席なのか?」
3人に増えたテーブルで、先ほどの会話において気になったことを聞く。
「入学試験の成績上位者は、2階の踊り場で張り出されているよ。そういや、張り出しにクレインの名前は無かったな。君なら入りそうなものだけど、手を抜いていたの?」
オロチは海鮮丼を頬張りながら、興味津々聞いてきた。…こいつ、さっきラーメンとステーキ食ってなかったか?
「俺は裏口入学だったからそもそも入試を受けてねぇよ。居候させてもらっている人が手引きしてくれた」
俺の発言に、オロチは危うく海鮮丼をぶちまけかける。ゴホゴホと咳き込みながら、オロチは信じられない馬鹿を見る目で俺を見る。
「お腹いっぱいだから昼飯を抜いた、くらいのノリで爆弾発言するなよ。裏口入学とか、バレたら大問題だぞ。てか、居候しているのか?どこの誰の家に?」
しまった。うっかり失言してしまった。ここは巧みに話題を逸らそう。
「……そう言えば、オロチは次席なのだ主席は誰なんだ?」
「話逸らしやがったな。実技はともかく、筆記試験は苦手なんだよ。つーか、主席は入学式で新入生代表として答辞を読んでいたぜ。覚えてないのか?」
直前に会った怪物の印象が強すぎて、入学式はあまり印象に残っていない。
俺が首を捻ると、オロチはシキを指さす。
「シキ・カルデア。君の目の前にいる彼女こそ、超高難度を誇る学園の入学試験で史上初となるの実技・筆記ともに満点を成し遂げた、我らが首席だ。神童と呼ばれる、数百年に一人の天才なんだぜ」
シキは絵にかいたようなドヤ顔を作り、胸の前でピースサインをして見せた。