火蓋
2月22日。午後2時。
何かが起きる。そんな予感を与える程澄んだ青色が、空一面を染めていた。
建国記念日の今日。数千人の国民が王宮前広場に集められ、寒さに震えながら国王の演説を聞き流していた。
そんな時、ふと上を見た誰かが叫んだ。
「おい!空から人が!!」
見上げれば、1人の少女が羽毛が舞い落ちるようにゆっくりと落下している。
「現在行方をくらましているシキ王女だ!合図とともに、一斉に攻撃せよ」
広場の警備を務めていた衛兵長が落ちてくる少女がシキであることに気付き、号令ともに様々な属性の魔法を織り交ぜた一斉攻撃を浴びせる。
しかし時間魔法を会得したシキにとって、その程度の攻撃を防ぐことは、蠅を払うのと大差ない。
シキは攻撃を完璧に防ぎながら、広場の最前列に降り立つ。
「お久しぶりです、フェネック義兄様。演説の最中に申し訳ありません。私から少しお話させてもらってもよろしいでしょうか?」
フェネックは顔を真っ赤にして、衛兵に命令する。
「今すぐこいつを殺せ!」
衛兵たちは再びシキを攻撃しようとする。しかしその瞬間、まるで繰り人形の糸が切られたように、衛兵たちはバタバタと倒れる。
「なんだ!?何が起きている??」
混乱するフェネックに、シキは得意げに伝える。
「狙撃よ。極限まで圧縮した水の粒を、目にも止まらぬ速度で放つ。私の友人の得意技。安心して。急所はちゃんと外しているから」
「狙撃だと?そんなはずはない。その程度、当然対策済みだ。衛兵に気付かれることなく狙撃を何発も成功させるなど、不可能だ!」
魔法は400mを超えれば、軌道が逸れて正確な攻撃はほぼ不可能となる。そしてフェネック国王は、用心に用心を重ね、この地点から500m以内は衛兵をそこら中に配備している。
狙撃など到底不可能だ。
「あそこにある時計塔が見えるかしら。あそこから撃っているいるのよ」
「出鱈目を!あの時計台はここから1㎞は離れておる。そんなことが出来わけがない!!」
1㎞も離れていれば、手元が1㎝狂えば着弾地点は1mも2mもずれる。風の流れも読まねばならない。そもそも飛距離が1kmを超える魔法自体、荒唐無稽だ。
だが1000年の研鑽を積んだクレインは、1㎞先を寸分狂いなく射貫くという無理難題を、百発百中でこなせられる。
シキはまるで自分が褒められたかのような調子で語る。
「出来るわけがない?私の自慢の友達は出来るのよ。一つ忠告しておくと、もしあんたがこの場から逃げ出そうとすれば、心臓に風通しの良い穴があくわ」
「ぐっ!!小娘が調子にのりおって。だがこちらには衛兵はまだたくさんいる!衛兵ども!我の周囲に集まり、肉壁となって我を守れ!!」
国王は叫ぶが、衛兵たちは国王の命令を無視する。
「何をしている!さっさと行動せんか、この能無し共め!」
国王は見っともなく喚く散らすが、衛兵たちは不動を貫く。当惑するフェネックに、シキが種明かしをする。
「無駄よ。ここにいる衛兵たちの大半は私たちに寝返っているわ」
シキたち決行までの1週間、幾らかの仕込みを行った。その中で最も時間を費やしたのが、国の衛兵たちに寝返るよう交渉することである。オロチが、国王に不満を抱いていてかつ広場の警備を任せられた衛兵を割り出す。そしてタイガの財力とシキの威光を利用し、クレインが音魔法で軽い催眠をかけて説得する。
幸いなことに、権力を笠に尊大な振る舞いをするフェネック国王は衛兵たちからは嫌われていたため、交渉はシキが想像していたほど難しいものではなかった。
寝返りの交渉を行わなかった衛兵は、既にクレインが狙撃で片付けている。
今この場において、フェネックの味方は1人もいない。
「今ならあんたを殺すことは容易い。でも私たちは出来ることなら無血でことを成し遂げたいの。というわけで、マイクを借りるわ。安心して、あんたみたいにながーく喋るつもりはないわ」
シキは国王をどけて演説台の上に立ち、毅然とした顔で話し始めた。
「この場を借りて、義兄が行った不正の数々を告発するわ。税金の私物化。賄賂政治など。上げればきりがないほど、フェネックは不正を繰り返している」
「その出まかせに!!何か根拠はあるのか!?」
「タイガさんが証言してくれたわ。物的証拠は、今朝幾つかの報道機関に提出したから、午後の新聞の見出しを華々しく飾るでしょう。でも国王が汚職をしていることくらい、みんな知っている。声を大にして言ったらどうなるかを知っているから、言えないだけ。私は問いたい。それでいいの?上流階級に生まれなかっただけで、馬車馬のように働かされ、貧しさに耐えないといけない。そんな日々に満足している?立場の弱い平民だから特権階級の言いなりになっても仕方がないと、自分に言い聞かせるの?自分はいいとして、貴方の子供にもそれを強いるの?それで貴方達は親として、胸を張っていられる?もしそんな今日が嫌なのなら。明日を変えたいと望むなら。私たちと共に戦って!!私たちでこの国を変えましょう!!」
シキの演説が終わり、場は波を打ったような静寂に包まれる。
かと思った次の瞬間、誰かが叫んだ。
「シキ王女、万歳!」
群衆の中で最初に声を上げたのは、どこにでもいる普通の少女だった。貧困に苦しむ、ごくあり触れた少女。
歴史の教科書に載ることなど万に一もあり得ない平々凡々な少女の小さな叫びが、数百年続くこの国の歴史を大きく塗り替える出来事の、その火蓋を切り落とした。
「シキ王女、万歳!!革命、万歳!!」
「身分制度を失くせ!!フェネックは引っ込め!!!」
コップから水が零れ落ちるようにして熱は広がり、あちらこちらからシキに賛同する声が沸き上がる。広場の叫びは、1㎞離れたクレインの耳に届くほどの騒がしかった。
国民の意思がシキの主張に傾いたことは、誰の目から見ても明らかだった。
自信を得たシキは張れるだけの声を張り、自分についてくるよう指示して、王宮に向かって駆け出す。前列にいた国民たちがシキに続くと、指示が聞こえなかった後列の国民たちも一緒になって走り出す。まるで1匹の生物かのように、数千人の国民がドドドッと大地を震わせ、王宮へ行進する。
彼らは、繋がっていた。内気な少女も。温厚なパン屋の御婆さんも。喧嘩ばかりしていたゴロツキ達も。1人残らず団結した。彼らを繋げているものは、自由への渇望や、圧政に対する反骨精神や、人間としての尊厳だ。それらが彼らを固く結び、1つの巨大な意志と成った。
その後シキは興奮する民衆を率いて、王宮に攻め入り、王宮を三日三晩占拠した。
王宮には国王派の兵士が沢山残っていたが、シキが表で動いている裏で、オロチが王宮に忍び込み、大方の敵は処理していたので、怪我人は信じられないほど少なかった。
クーデターが起きた割に死傷者が殆ど出なかったことを称えられ、後のこの一連の出来事は、完全無欠と無血をかけて『無欠革命』と呼ばれた。




