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バックステップ

「ぷはぁー、生き返る」

オロチは俺が渡した毒蜘蛛の解毒剤を一気飲みする。その動作は見た目に似つかわずおじさん臭い。

そんなことを考えていると、突如としてオロチが血相を変える。

「クレイン!強力な気配が──」

オロチが喋り始めると同時に、島内全域にアナウンスが入る。

「緊急事態発生、緊急事態発生。ドラゴン1体と多数の鳥系魔獣が襲来。安全のため試験は中止。直ちに転送用の紙を破いて転送魔法を発動し、脱落者ゾーンまで避難すること。繰り返す──」

どうやらドラゴンが来たらしい。最強の種族であるドラゴンが現れるとは、珍しいこともあるもんだ。

俺が呑気に転送用の紙を破って転送魔法を発動しようとするのを、オロチが慌てて止める。

「待て。僕が言った強力な気配ってのは、ドラゴンのことじゃない。戦っていて気が付かなかったが、この島にドラゴンよりヤバい奴が侵入している」

オロチの言葉に動揺を抑えきれないまま、”索敵(サーチ)”を使う。

確かに島の中に生徒とは異なる魔術師の魔力を2つ感じる。それも只者ではない。それぞれが、ドラゴンと同等がそれ以上の強さをしている。

こいつらは何者か。襲来してきたドラゴンと関係はあるのか。

疑問は山ほどあるが、最も気になることは、連中が移動している先にシキがいることだ。脱落者ゾーンに避難していないことを鑑みるに、転送魔法が施された紙に不具合があって、避難できないのだろう。

状況を踏まえれば、転送用の紙が機能しないことは、偶然ではないだろう。

「この魔力、覚えがある。こいつらは”黒い犬(モーザ・ドゥ―グ)”っつう、国王直属の非公式部隊。選りすぐりの精鋭で、公には出来ない汚れ仕事専門の影の部隊だ。恐らく、連中の目的はシキの暗殺だ。ドラゴンを(けしか)けて他の生徒に避難させて人払いをし、誰も見ていない隙にシキを殺す。シキの死はドラゴンのせいとして処理されるだろう。シキが危ない。すぐに行かねぇと」

俺とオロチは慌てて移動する。だがシキの位置は俺達とは遠い。今の消耗しきった俺達で、到着にはかなりの時間を要する。到着するまでは、シキ一人で奴らを対処しなければならない。

俺達は鉛のように重たい体に鞭を打って、野犬のように駆け出した。




「誰?出てきなさい!」

シキがそう言うと、茂みから漆黒の鎧を装備した2人の騎士が現れる。これほど近づかれるまで気が付けなかったことから、シキは騎士達が相当の手練れであることを察する。

「私に配られた転送魔法が施された紙が破っても効果を発動しないんだけど、あんたらのせいかしら?ドラゴンを用意したのもあんたら?目的は私の死かしら?」

シキの問いかけに答えることはなく、2人の騎士は一斉に魔法を放つ。

「問答無用ってわけね」

シキが氷魔法で咄嗟に防ぐ。その後も騎士たちは次々と魔法を発動するが、シキは巧みに攻撃を防ぐ。

例え強者に2人がかりで襲われようと、クレインとの鬼稽古で鍛えられたシキが回避と防御に専念して時間稼ぎに徹すれば、やってやれないことはない。

騎士たちの怒涛の攻めを、シキは多少は手傷を負いながらも的確に凌ぐ。

これ以上時間をかければ暗殺が失敗する恐れがあると判断した騎士たちは、片方が剣を抜いてシキに急接近する。

数的優位がある状況下において、近距戦はあまり上策ではない。理由は単純で、近接戦闘は中・遠距離戦と比べ、仲間との連携が圧倒的に難しいからだ。

そんな大原則を無視して1人接近してきたことにシキは戸惑いつつ、剣を抜いて迎え撃つ。

騎士は剣術も達人級の腕前であったが、クレインに仕込まれたシキはそれ以上の腕前であり、易々と騎士の猛攻を捌く。

しかし騎士が振り下ろした剣をシキが受け止め、鍔迫り合いとなった時。

剣を押し合っている騎士の体に隠れて死角となっていた場所から、もう1人の騎士が雷魔法を放ち、騎士ごとシキの心臓を撃ち抜く。

焼けるような痛みにシキの頭は一瞬真っ白になり、血を吐きながら地面に倒れる。

喉で血が絡まって上手く喋れず、ゴボゴボとした声で喚くように言う。

「あんた、こいつは仲間じゃないの!?」

「任務達成の為です。もし私と彼の立場が逆なら、彼も私を巻き込んで攻撃するでしょう」

騎士は無感情に淡々と喋る。

その様に、シキが己の誤算に気付く。この騎士たちは人間じゃない。感情や倫理観といった任務に不都合なものを捨てた、合理的で非道徳的な機械だ。

任務を終えた騎士は死んだ騎士を抱え、その場から立ち去ろうとする。

比喩表現でもなんでもなく、シキには心にぽっかり穴が開いている。これほど大きな傷は、治癒魔法の範疇を超えている。

傷口は燃えるように痛いのに、指先は自分のものと思えないくらい冷たい。視界は霞み、広大な空の青ささえ朧気だ。


あぁ、死ぬんだ。ホントのホントに死ぬんだ。


ストンと石が落ちるように、シキは自らの人生の終わりを悟る。


しかし皮肉なことに、物の価値を知るのは、その物を失った後である。

人は老いて初めて、若年にて努力することの意義に気付き、子は父母が他界して初めて、親の尊さを知る。

同様に、シキは今後過ごすはずだった数十年もの時間を失ったことで、失われた数十年を、つまりは時間の価値を学ぶ。

本来その学びは、後悔を生むだけの無価値な学びのはずだった。

だがその学びが、シキに時間魔法を会得する鍵となる、インスピレーションを与えた。

シキは既に時間魔法を扱えるだけの技術は身に着けており、あとは必要なのは時間を操るイメージ。そしてシキは新たな知見を得たことで、時間という概念の枠組みを捉え、そのイメージは可能になった。

血の滲むような鍛錬と、神に祝福されし才と、九死に一生を得る経験のすべてが奇跡的に噛み合い、シキの類まれなる才能は開花した。


影が照らされ景色が塗り替わるような気分に浸りながら、シキは頭の中からあふれてくる文言を唱える。その文言は馴染みのない言葉であったが、シキには不思議な確信があった。

「登りては沈む金の鳥 満ちては欠ける玉の兎 いと慈悲深き時の神よ 我に祝福を与え給え “遡行(リバース)”」

白い光がシキの体を包みこむ。光が消えた時、シキが負っていた心臓の傷が跡も残らず癒えていた。時間が遡ったかのように。

治るはずのない傷が治ったことに、騎士は動揺を抑えきれずに問い詰める。

「何をした!?あれほどの傷を、どうやって治した?」

対して、シキは澄んだ声で喋る。

「私は今まで、時間は前へ前へと進んでいくものと思ってた。だって、未来は私たちの前方にあるモノってイメージじゃない?」

全く噛み合わない問答に、騎士は苛立ちを見せる。しかしシキはそんなこと気にも留めず、まるでシキにだけ見える誰かがいるかのように、喋り続ける。

「でも違った。時間は後ろへと流れていく。未来は、私の後ろにあった。未来も背後も、どちらも見ることは出来ないでしょ?私たちは未来へと、後ろ歩きで進んでいく。だから未来は怖いのよ。背後と同じで、見えないから。でもなんで怖いのかが分かれば、本当に怖いものなんてない」

「訳の分からんことを…。時間の無駄だったな」

痺れを切らした騎士は、今度こそシキを殺そうと、再び剣を抜いて斬りかかる。

シキはハッと息をのむほど美しい動きで、騎士の攻撃を受け流し、再び詠唱する。

「収縮と膨張を繰り返す黒い針 細道抜ける白い砂 いと貴き時の神よ 我に権能を授け給え “二倍速(ダブルスピード)”」

流れる時間を2倍に加速させることで、シキは自身の速さを2倍にする。

その速さを活かした目にも止まらぬ圧巻の剣技で、シキは騎士を斬り伏せる。



『クレインとオロチに肩を並べるほど強くなる』。この日、シキが自らの目標に大きな一歩を踏み出した。

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