MONSTERS
「ところでここは湖だが、いいのか?水が使いたい放題だ」
クレインは湖に魔力を流し、湖の水から数えきれないほど沢山の水の弾丸を生成し、目にも止まらぬ速度で一斉に放つ。しかしオロチは水の弾幕を、なんなく避ける。
「もし此処が土の上なら、君は土を利用した魔法を使う。どこでも一緒だ」
オロチはそう言うと、パチンと指を鳴らし、音による攻撃を行う。
けれどもクレインに攻撃を食らう様子はなく、平然としている。不発を疑ったオロチがもう一度音魔法を使うも、効果はない。
「どうやって防いだ?音を防ぐなんて不可能だ」
音は気体も液体も固体も通過する。防ぐ手段など存在しない。
しかし聡明なオロチは、質問が返ってくるより早く、自力で答えを見つけ出す。
「いや、待てよ。…空間魔法か!」
「御名答。空間魔法で俺の周囲の空間を削り、虚無の空間を創り出した。音は振動。気体も液体も固体も通過するが、逆に言えば何かを介さないと伝わらない。つまり何もない真空の壁を創れば、お前の音は防げる。空間魔法のウリは万物を空間ごと削り取る無類の攻撃力だが、転じて万物を防ぐ防御壁にもなる。最高の矛は最高の盾にもなるってこった」
「なるほど。確かに最高の防御壁だ。いや、防音壁と言うべきか。とはいえ空間魔法は効果が絶大な分、魔力消費も相当のようだね。君の技術は驚異的だが、魔力量は並みだ。使い続ければ、5分も持たないでしょ?」
優れた魔力感知で空間魔法の燃費の悪さに気付いたオロチは、音魔法で絶え間なく攻撃する。
この調子で攻め続けられたら魔力切れを起こしてしまうと覚ったクレインは、多種多様なの魔法で攻撃を仕掛ける。
しかし防御に手を回しながらの攻撃では、オロチには届かない。
驟雨のように激しい猛攻をオロチ完璧に回避しながら、音による攻撃を途切れることなく続ける。
「おいおい。その程度の攻撃に魔力を消費していいのか?攻撃に魔力を費やせば、その分だけ防御を展開できる時間は減る。負ける時間が早くなっちまうぜ?」
刻一刻と魔力の底がつき始めてきたクレインの焦りを、オロチは煽って焚きつける。頭では挑発だと判っていても、この手の口撃は平常心を十分乱すことを、オロチはよく知っている。
「逃げ足と挑発は一級品だな。だったら、躱す場所もないくらいの飽和攻撃をくれてやる。雷魔法”終末の雷雲”」
クレインが魔法を唱えると、突如として2人の頭上に黒く大きな雲が現れる。その雲からピカッと稲光が発せられたかと思えば、数十の雷がその場に落ちる。少し遅れて、鼓膜が突き破れそうなほどの轟音が大気をビリビリと揺らす。その光景は世界の終わりを思わせる程、身震いするものだった。
だがオロチは頭上に氷の盾を創ることで、雷を事も無げに防ぐと、失望した顔で喋る。
「らしくないね。最小の魔力で最大の効果を生み出すのが君なのに。確かに今の攻撃は逃げ場がなかったけど、躱せないなら防げばいい。今の魔法で、君は魔力はかなりの魔力を浪費した。もう勝負は決まっ───」
話の途中で、オロチは湖からポコポコと湧き上がる気泡に気が付き、クレインの真の狙いに勘づく。
「これは、、、さっきの雷の狙いは、僕じゃなく湖!湖の水を電気分解して、酸素と水素を大量に生み出したのか!」
「言ったろ?躱す場所もないくらいの飽和攻撃をするって」
水素と酸素に満ちた空間でクレインは炎魔法を発動し、辺り一面に大爆発を引き起こす。
「…やりすぎたな」
水素爆発により生じた雨に打たれながら、オロチは苦い顔で独り言つ。想定よりも爆発がずっと威力の高いものになってしまった。空間魔法による絶対防御があるクレインは兎も角、この威力では流石のオロチも無事では済まない。
荒れる湖を見渡すと、プカプカと波に揉まれ浮いているオロチを発見する。
「爆発寸前で防御を展開したおかげで、何とか生きているか。しぶてぇやつだ」
クレインはそう言いながら気絶しているオロチに治癒魔法を施そうと手を伸ばす。
しかしクレインがオロチに触れそうになった瞬間──
「しぶとさだけが取り柄なもんでね」
オロチは飛び起きて、クレインに三日月蹴りをする。
クレインは咄嗟に両手で受けるも、骨が砕ける音と共に、岸まで軽々と蹴り飛ばされる。
「なんで無事なんだよ?どうやって爆発から身を守った」
あれほどの大爆発に巻きこまれれば、オロチとて無事で済むはずがない。クレインが尋ねると、オロチは得意げに答える。
「僕の十八番である、音魔法さ。君は音魔法を、音を鳴らすだけ魔法と思っていないか?それとは逆に、音魔法で無音を作ったのさ。完璧に無音の状態とは、全ての物体が全く振動していない状態。要するに、全ての物体が分子レベルが動きを止める、絶対零度と同じ状態。尤も、完全な無音は実現できずに、爆発で少なからずダメージを負ってしまったけどね」
「なるほど。無音を創り出すことで、分子レべルで動きを制止させる鉄壁を創り出したってわけだ。音魔法で無音を創り出すなんて、なかなか強引な解釈だな」
オロチは人差し指を伸ばして左右に振り、クレインの言葉を否定する。
「チッチッチッ。無音だって、立派な音さ。例えばギターには、指で弦を抑えることで音を止める、ミュートという技術がある。さて、君は折れた両腕を治癒したことで、魔力はほとんど底をついている。僕ももうだいぶ限界だが、幸い魔力はまだ残っている。危ないとこだったが、勝負ありだ」
オロチの言葉にクレインは観念したように吐息を洩らす。
「確かに、魔術師としてはお前の勝ちだ。だが、勝負を譲る気はない」
「?どういう意味だ、ってぇ!」
オロチは突然、右腕に鋭い痛みを感じ、反射的に右腕を振る。痛みの正体は、背中の赤い小さな蜘蛛だった。
「相手が勝利を確信した瞬間こそ、最高の攻め時。その蜘蛛は小さいが神経毒を持つ、俺の使い魔だ。いつも試験管に入れて持ち歩いている。その蜘蛛は特殊な進化をしていて、魔力を全く持たない。視力がなく、魔力感知に頼っているお前にとって、透明な存在だ。噛まれれば、少しの時間麻痺を引き起こす。もう効果が出る頃か?魔法で作れる毒と違って複雑な毒だから、治癒魔法でも治すの難しいぞ」
クレインはそう言い終わると、オロチはばたりと倒れる。オロチはクレインをキッと睨み、喚くように質問をぶつける。
「あらゆる使い魔には持ち主の魔力が宿る。確かに僕は油断してたが、その魔力を見逃すほど耄碌しちゃいない。あの蜘蛛からは君の魔力を毛ほども感じない。どういうことだ!」
そう。使い魔は魔力によって持ち主と結ばれている。そのため、使い魔から持ち主の魔力を感じないなど有り得ないのだ。しかし、蜘蛛から魔力が一切感知できない。
その矛盾を、クレインは悠々と説明する。
「動物を操るのに、魔法は必ずしも必要じゃない。俺が1000年の間に身に着けたスキルの1つに、動物の調教がある。自慢じゃないが、人懐っこい犬なら、1週間で大方の芸を仕込める。つっても、魔法みたいに一から十まで操縦することは出来ない。その毒蜘蛛に仕込んだ芸は1つ。特殊な匂いを発する粉末がかかった相手に噛みつくこと。ちなみに特殊な匂いのする粉は、最初の近接戦闘でお前を投げ飛ばした時に、こっそり付けておいた。魔法による使役ではないから、当然俺の魔力は宿らない。初見の相手なら絶対に殺れる、俺の奥の手だ。ここまで手の内を晒すつもりはなかったが、大した奴だよ。繰り返すが、魔術師としてはお前の方が上だ。俺が勝てたのは魔法以外の分野のおかげだ」
「謙遜すんなよ。最後に立っていたやつが勝者だ。僕は全部出し切って負けた。全力で戦えて、楽かったぜ」
オロチが仰向けの状態で、空に向かって呟く。
俺も晴れやかな空を見上げて答える。
「あぁ、俺もだ」




