サイカイ
前半は、シキが昔の夢を見ている話です。分かりにくいかもなんで、一応。
「うぅーー!うぅーー。!」
暗く汚い部屋の中で、猿轡をされた少女が唸るように泣いていた。
その少女はこの国の王女であった。少女はとある舞踏会から帰る途中に、悪名高い人攫い組織に誘拐され、こうして汚らしい小部屋で拘束されている。
誘拐犯への恐怖や知り合いが一人もいない孤独感から、少女はワンワン泣いた。
誘拐犯は一向に泣き止む気配のない少女を見かねて、手足をきつく縛り、口に猿轡を嵌め、小部屋に放置した。
季節は夏だった。うだるような暑さに少女は疲弊し、額からじんわりと汗が滴る。このまま死んでしまうのではないかという漠然とした恐怖に駆られるも、少女に泣くだけの気力は無かった。
そんな時、小部屋の小窓から一人の少年が侵入してきた。
その少年は少女と同い年くらいの、中性的で人形のように綺麗な子だった。月明りを反射して赤く輝く瞳が、宝石のように美かった。
少年は泣きじゃくる少女を優しく宥め、体の拘束する縄をほどく。
少年は少女を連れ出して小部屋から脱出し、衛兵の駐屯所まで送りと届けた。
余談だが、少年が少女の拘束を外し、少年が
「音をたてないようにね」
と注意した際に、少女が元気よく大きな声で
「うん!」
と返事をしたため、少年の背筋は凍りついた。幸いにも誘拐犯ら仲間同士の会話に夢中だったため、気付かれることはなかった。
衛兵の駐屯所へ向かう途中、少女は少年にあれこれと質問した。名前は何か?どこに住んでいるのか?その他諸々。
しかし少年は、王女と関わるには身分が低すぎるからと、どの質問にも答えることはなかった。
衛兵の駐屯所まで来た時、少年は立ち去ろうと少女に背を向ける。すると少女は少年の腕を掴むと、一方的に言い放つ。
「4年後、シェーンブル国立国立魔法学校に入りなさい。私も入るから。そこでまたサイカイしましょ!」
何故そんなことを言い出したのか。それは少女自身すら分かっていなかった。ただこう言わねばという、勘のようなものが働いた。
脈絡のない発言に、少年は呆気にとられつつも、穏やかな笑みで答える。
「うん。4年後にね」
そう言うと少年は、昏い昏い宵闇へと消えた。
「おはよう、シキ。いい夢見れた?」
私が目を覚ますと、オロチが何食わぬ顔で声をかけてきた。
良い夢ではないが、懐かしい夢だ。
今見た夢は、4年前に誘拐された時の夢だ。昔はよくこの夢に見ていたが、最近はまったく見ていない。やはり、時間が経てばどんな記憶も薄れてしまうものなのだろう。あの時救けてくれた少年の顔でさえ、朧気にしか思い出せない。
懐かしい夢に想いを馳せたいところだが、今はそれどころではない。
「…やっぱり、私を殺すふりをしていたのね。私の覚悟を改めるために」
オロチの放つ殺気や場の緊迫した雰囲気に流されたが、冷静に考えるとオロチの言動は矛盾している。私を殺すと言うくせに、私にダメ出しをして、何度も私を殺せる機会を見逃した。恐らく私とハブを戦わせたのも、私を追い込んで成長を促すためだ。
何より、折れたはずの右足が綺麗に治っている。状況を鑑みて、治癒魔法をかけたのはオロチで間違いない。
「何の目的があって、私が成長するよう仕向けたの?貴方に限って、純粋な善意ってわけじゃなさそうだけど」
「仮にも命の恩人だってのに、ひどい言われようだな。君の夢が僕の目的に一致していた。そんだけだよ」
「『怪物』を名乗ったのは私を追い詰めるための嘘?」
「いんや。君を殺すってとこ以外、僕の発言は大体本当。君みたいなタイプを騙すには、本音と嘘を織り交ぜるのが効果的だからね」
「ハブは?」
「逃げるように命じた。あいつなら、逃げきれるだろう。あいつとは結構仲良かったから、処されてほしくないんだよね。他の襲撃犯も、大体は逃げたと思う。それじゃ、クレインにはよろしく伝えといてくれ」
オロチは徐に腰を上げ、立ち去ろうとする。
「何よ。別れの挨拶みたいね」
「別れの挨拶さ。僕が”怪物”であることが君にバレた以上、魔法学校には残れない」
オロチは呆れた様子で喋る。その通りだ。全くもってその通りだが……どうしようもなく腑に落ちない。
「あんたが”怪物”だってこと、黙っているわ。それなら問題にさえならない」
「安易にそういうことを言うもんじゃない。怪物の存在を故意に隠していることが発覚したら、君も死刑だよ」
オロチはそう言うと、暗い暗い廊下の影へと歩き出す。
「待って!!」
私は引き留める言葉が浮かんでこないまま、駆り立てるように声をかけた。
しかしオロチは歩みを緩めることはない。ここがオロチを説得する最後の機会だと直感した私は、人生で一番脳を回転させる。
それでも丁度いいセリフは候補すら思い浮かばず、ふと頭に湧いた言葉を半ば投げやりに口にする。
「ねぇ。オロチ。私を倒した時、『君への葬送曲だ』とか、『演奏代はいらない』とかキザなセリフ言ってなかったかしら?」
オロチは魔法にかかったように硬直する。
「………言ってない」
「言った」
「言ってない。謎にテンションが上がって、中二くさいセリフを言ったとか、あるわけない」
「もし学校を去るのなら、クレインに事の次第を事細かに告達しないといけないわね。オロチがカッコイイ台詞吐いていたことも」
「残る。クレインに伝えられるのが嫌なわけじゃなくて、急にこの学校が恋しくなったので、残ることにする」
凄い効き目だ。もう何回かこの話題を出して、いじることにしよう。
「話は変わるけど、オロチは11歳の時、誘拐された少女を助けたりしなかった?」
久々に誘拐された時の夢を見て思い出したのだが、あの時助け出してくれた少年は、どことなくオロチと似ている。雰囲気も、喋り方も。ただあの時の少年は紅い瞳をしていたが、オロチの目は海のように澄んだ青色だ。
文字通りに目の色が違う。だから気が付かなかった。
けれどもオロチの眼は義眼らしい。
もしかしたら、オロチはあの時の少年かもしれない。膨らんだ私の期待を、オロチはあっさりと打ち砕く。
「11歳の時?そんな記憶はないな」
膨らんだ期待の分だけ、私は大きく肩を落とす。オロチはそんな私を悪戯っ子のような笑みで見ながら、わざとらしく続ける。
「あぁ。でも4年前に誘拐されたお転婆なプリンセスを誘拐犯から逃がした記憶はあるな。そん時の僕は、9歳だったけど」
「…はぁぁっっ!!??」
9歳?当時から4年近く経っているから、今のオロチの年齢は13歳。私より2歳年下だ。
声変わり前の、高い声。女子よりの低い身長。
オロチがあまりに賢く強いから気が付かなかったが、言われてみれば納得するしかない。寧ろ、今まで気づけなったことが不思議なくらいだ。
「確かに…。ていうことは、オロチは中学2年生!中学2年生なら格好つけてキザなセリフを言うのも、普通のこt」
「キザなセリフなんて言ってない」




