世界中の目を潰す
時間は、クレインが八岐大蛇と死闘を繰り広げていた時から少し遡る。
「……ここはどこ?」
オロチにより眠らされていたシキが、現在は使用されていない旧校舎の一室で目を醒ます。
シキは現状に困惑しながらも、学校が襲撃されていること、襲撃を知らせる放送があった直後に、強烈な眠気に襲われたことを思い出す。不可解な現状について考えを巡らせていると、教室のすぐ外で何者かの魔力を感知する。
助けが来たのかと思ったが、その期待は即座に否定された。感知された魔力からは、禍々しい殺意が滲み出ているからだ。
数秒後、教室の戸が開かれ、1人の女が入ってくる。
「シキ・カルデアかしら?」
女はシキを見て、開口一番そう尋ねる。その質問から、シキはこの女の狙いが自分であることを察する。
「そうよ。貴方は?」
「『蠢く蛇』幹部、ハブ。これより被告人に判決を言い渡す。火炙りの刑よ。
燃えろよ、燃えろ 火神のまにまに 踊れよ、踊れ 天火の狭間に ”迦具土の羽衣”」
詠唱が終わると、ハブは猛々しい炎を身の纏う。まるで炎の鎧だ。
「被告人?判決?何の話をしているの?」
「貴方の話よ」
ハブはそう吐き捨てるや否や、地面を蹴り上げ、一瞬にしてシキとの距離を詰める。そして流れる様な動きで前蹴りをする。シキはその俊敏さに驚愕しつつも、咄嗟に氷の盾を作る。
しかしハブは易々と氷を砕き、シキを蹴り飛ばす。
「無駄な抵抗はよして、罰を受け入れなさい。咎人よ」
「罰?咎人?さっきから何が言いたいのよ?まさか自分を正義の代理人だとでも思っているの?」
「いいえ。私は法を執行する装置。言うならば、人型の処刑器具よ。正義の代理などではなく、正義の一部。貴方は、社会を形成する上で最も重要な法律はなんだと思う?」
「いきなりね。……人を殺してはいけない、とか?」
「『目には目を、歯には歯を』よ。人は誰だって、本音では他人の苦痛なんてクソどうでもいい。実際、世界の裏で稚児が飢えに悲鳴を上げようと、私たちは素知らぬ顔で暴飲暴食を繰り返す。他者の苦痛に涙を流すのは、他人の痛みに共感しているフリに過ぎない。だから罪人が己の罪と向き合わうには、罪人が被害者に与えた苦痛と等しい苦痛を、罪人に与える以外の方法はない。目には目を。歯には歯を。血には血を。暴虐には暴虐を。惨死には惨死を。無能なこの国の司法に代わり、私が全ての罪人に鉄槌と恩赦を与える。貴方の父親は、つまり元国王は、以前3人の奴隷を焼き殺した。殺された奴隷は、2人の少女とその父親。家族ごと殺したのだから、当然家族ごと殺されるべきでしょ」
あまりにネジの外れた理論に、シキは呆れると同時に、名状しがたい悍ましさに身の毛がよだつ。こんな無茶苦茶な思想を妄信するなど、狂気の沙汰だ。
「これで貴方が裁かれる理由に、何か異論はあるかしら?」
「有りまくりよ!!氷魔法”氷針”」
シキは何本も氷柱を生成し、ハブに向かって放つ。しかしハブは蛇のように素早い動きで、飛んでくる氷柱を躱す。そしてシキの懐に素早く潜り込み、シキの首を掴む。
「神童と聞いていた割には手応え無いわね。魔法の相性差が悪すぎるからでしょうけど」
魔法の相性は、戦闘において極めて重要な要素である。ハブの得意魔法は炎魔法。対して、シキの得意魔法は氷魔法。魔法の相性から、シキは大きなハンデギャップを背負っている。
「それでは判決通り、火炙りに処す」
ハブが勝ちを確信し、炎魔法を発動しようとした瞬間。圧倒的優位に立ったことで僅かに生じたハブの緩みを、シキは待ってましたと言わんばかりに突く。
「”噴水砲”」
火山が噴火したかのように勢いよく、ハブに向かって多量の水が放出される。凄まじい水圧にハブは押し流され、教室の壁に背中を強く打ち付ける。
ハブは確かに油断していた。が、警戒を解いていたわけではない。事実としてハブは”迦具土の羽衣”を解いておらず、炎の鎧は依然として纏ったままであった。もし氷魔法で攻撃されたとしても、猛々しい炎によって氷は溶けてしまい、ハブの身体に攻撃が届くことはなかった。氷魔法が得意なシキには、どうしようもない状況だったわけだ。
だからこそハブは油断し、シキの水魔法が刺さった。
先ほどの述べたように、戦闘に置いて魔法の相性は極めて重要である。水によりハブの炎のよりは鎮火され、形勢は逆転した。
「動かないで。不穏な動きをすれば、首を刎ねる!」
ハブが体勢を立て直すよりも早く、シキは水の刃を生成し、ハブの首元に突きつける。
ハブは何をされたか理解すると、顔を歪ませ喚く。
「氷魔法だけでなく、水魔法も使えるの!?どういうこと!?」
「私が得意なのは氷魔法よ。でも最近、炎魔法の使い手と戦って、結構苦戦したのよ。その時、氷魔法と相性の悪い炎魔法への対策が必要だと思って、水魔法を特訓した。まだ付け焼刃だけど、不意打ち位なら出来る。貴方は私にとって魔法の相性が最悪だったから、真っ向勝負では勝ち目は薄い。だからわざと圧倒され、貴方の油断を誘った。その隙を水魔法で突き、動揺する間に最速で詰ませる。危ない賭けだったけど、私の勝ちよ。この状況なら貴方が躱すより早く、貴方の首を斬り落とせる」
一転してシキが優位に立つ。しかしハブはクククッ、と不敵に笑う。
「何が可笑しい?」
「可笑しいわよ。貴方の腕、みっともなく震えているわよ。そもそも、この状況なら私の首を即刻落とすのがベスト。なのに、どうして寸止めして脅すの?人を殺す覚悟は出来ておられますか?温室育ちのお嬢様」
言い終えると同時に、ハブは動きだす。当然、シキは水の刃で断頭しようとする。だがシキがいざ断頭を実行に移そうとした時。シキに躊躇いが生じる。
人を殺すことへの抵抗感。人としてごく当たり前の倫理観により、シキの頭は真っ白になる。
ハブはそれを見逃さない。一切の無駄がない冷酷な動きで、シキの首根っこを強く握りしめる。
「ぐぁああっ!!」
首を強く握りしめられ、シキは呼吸すらままならない。
「貴方には人を殺す覚悟がない。これは殺し合いだというのに、甘過ぎね。そもそも、私が死を恐れるとでも?『目には目を歯には歯を』。これまで何人も殺してきた私は、いつ殺されても上等よ」
シキは見縊っていた。人を殺す重さを。ハブの狂気を。
「これより刑を執行する」
ハブはそう言って、シキの息の根を止めようとする。
その瞬間。パチンという音とがどこからともなく聞こえ、ハブが泡を吹いて倒れる。前触れのない急展開に戸惑うシキに、とある人物が声をかける。
「やぁ。危ないとこだったね。シキ」
声のした方を見ると、オロチが立っていた。
「オロチ!いつの間に!?なんにせよ、助かったわ。ありがとう」
オロチがハブを気絶させたと分かったシキは、安堵の笑みを浮かべる。
しかしその笑顔は、次にオロチが発した言葉によって凍り付く。
「礼には及ばないよ。僕は君を殺すから」
サブタイは、ガンジーの言葉の引用です。
「目には目を歯には歯を」の意義は、報復及び罰は受けた被害以上のことはしないようにしよう、だそうです。報復を奨励するものではないみたい。




