罪と罰
最初の数行は、オロチの回想。
その後が本編です。
血が染み込んだシーツの上で、冷たくなった肢体と体を重ねる。僕が今腰を振っているこれは、奴隷の飼い主の死体だ。これには何度も性行為を強要されてきたが、俺が上に乗ってシたことはなかった。
不思議なもので、やっていることは同じはずなのに、犯す側と犯される側では浮かび上がる感情がまるで違う。
犯される側の時は、ただただ気持ち悪かった。
でもいざ犯す側に回ると違う。
諦観に似た虚しさが、際限なく溢れた。虚しさを塗り潰したくて、何も考えずに夜に溺れた。
全てを語り終えたオロチはすっと息を吐き、自嘲気味な笑みを浮かべる。
哀れなその姿が、とある男と重なった。
耐えて、耐えて、耐え抜いて。けれども結局耐えきれず、感情に任せて道を踏み外す。偽悪的に振舞うことで少しでも慙愧の念から逃げようとして、逆に傷は広げてしまう。
嘗ての愚かな俺を見ているようだ。
だからなのだろうか。気づいたら、言葉を発していた。
「アホか、お前は」
唐突な俺の言葉に、オロチは眼を見開く。
「いいか。お前はバカだ。怒りに任せて、力の限り当たり散らす。バカの典型だ。でもそれは大した問題じゃない。それくらい、誰だって経験する。感情に振り回されるなんて、至って普通のことだ。お前のような未成年のガキなら特にな。問題はお前は自分がバカであることを受け入れきれていないことだ。感情を抑えきれない自分のバカさ加減を必要以上に憎む。挙句、自分を無価値だと思い込み、全部どうでもよくなる。そういうところがアホなんだ。お前がどれだけ自分の愚かさが嫌いでも、人間なんだからバカなのはしょうがない。だから自分の愚かさを、自分を構成する1つの要素として受け入れろ。そして愚人は愚人らしく、賢くなろうと愚直に努力しろ」
オロチはすっと目を伏し、弱弱しい声で言い返す。
「僕のしたことは、馬鹿だからの一言で許されていいことなのか?」
「いいや。お前の行為は到底許されていいものではない。だがお前を責められる奴はいない。この国の業ともいえる歪みが、お前を”怪物”にした。情状酌量の余地はあって然るべきだ。だから償って挽回しろ。そうするしかない。必要なら手を貸してやる。だから頑張れ」
俺が話し終わると、オロチは立ち止まって天を仰ぐ。長い長い沈黙が場を支配する。
やがてオロチはゆっくりと視線を前に戻すと、独り言のように呟く。
「そうだな。頑張る」
オロチの声は少年のように無邪気で、それでいてどこか大人びていた。手を貸してやると言ったが、きっと俺の手助けなど必要ないだろう。
「悪かったな、辛いこと聞いて。最終的には、説教みたいなことも言っちまったし」
「気にするな。一つ言っておくと、実は目の件について、僕は君以外に詳しく話したことはなかったんだ。初めて打ち明けた相手が、お前で良かったよ」
オロチはそう言うと、再び歩き出す。照れくさいのか、いつもより早歩きだ。
「あっ、そうだ」
オロチが突然立ち止まると、こっちを振り返ることなく話始める。
「近々、”蠢く蛇”の残党が学校を襲うらしい」
「…はぁっ!?」
あまりに卒爾な発言に俺は鳩が豆鉄砲を食らったようになる。
「捕まらずに逃げ延びた”蠢く蛇”の一部が、学校の襲撃を企てているみたい。数は多くないけど、首謀者はあのハブだ。彼女は厄介だよ。僕と君で対処しないと、何人死ぬか分からない」
ハブ。”蠢く蛇”で唯一捕まっていない幹部。その残虐性から単独の危険性は、”怪物”オロチと並ぶ。
「初めまして。私はハブ。貴方はポーク・トンで間違いないかしら?」
埃が舞う廃倉庫で、ハブと名乗った女性が手足を縛られ拘束されている小太りの男性を蔑んだ目で見下す。
「貴様があのハブか!?吾輩は国の司法を担うトン家の血を引く者だぞ!!吾輩に手を出せばどうなっ、グハァッ!?」
ポークが虚勢を張って喚くが、ハブはポークの腹に蹴りを入れて黙らせる。
「被告人は勝手な発言を控えるように。今から裁判を開くわ。被告人は最近、友達とあるゲームを行いましたね。ゲームの内容は、サイコロを振り、出た目の時間だけ奴隷を水中に沈め、奴隷の生死を賭ける。そのふざけたゲームで、最低10人殺した。間違いないかしら?」
「そ、それの何が悪い!?」
「この国では悪くないわ。でも私の感性では悪いわね。言い忘れたけど、私の裁判は国法には則らない。この国では無罪でも、私が悪いと思えば有罪になる。それでは、判決を言い渡す。被告人は有罪。被告人には罰として、自分のした所業をそっくりそのまま受けてもらう。ここに液体で満ちたバケツとサイコロがある。サイコロを振って、出た目の時間だけバケツに顔を突っ込んで耐えてもらう。1の目なら1分、6の目なら6分よ。罰の後も生きていたら、貴方をママの元に送り返すわ」
そう言うとハブは、15Lほどの液体が横溢した大きなバケツを男の前に置き、サイコロを渡す。
「ほ、本当に返してくれるのか?」
トンが恐る恐る尋ねると、ハブはにこやかに言う。
「えぇ。判決は違えないわ。罰の後には赦しを与える。当然でしょ?」
男は意を決したようにサイコロを投げる。出た目は1だった。
ポークは人生のどの瞬間よりも、自分の強運に感謝する。
1分間、水中で息を止めるだけ。多少苦しいが、逆に言えばその程度に過ぎない。無事に戻れたら、こいつらには死にたくなるほどの苦痛を味合わせてやる。ポークは心の中でそう吐き捨てると、息を大きく吸い、バケツの中に顔を突っ込む。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
1秒後。ポークは絶叫し、反射的に顔を上げる。
焼けるような痛みにポークは悶える。口に鉄の味が広がり、息をする度に喉が痛む。皮膚は爛れ、その顔は化物のように醜い。
「なんあ…これ…水じゃあ…」
「言ったでしょう?貴方には自分のした行いを味わってもらうと。貴方は以前、癪に障った奴隷を家族ごと濃硫酸のプールに沈めて殺しましたよね?ですので、バケツの中の液体は硫酸です。貴方には硫酸に1分間、頭を沈めてもらいます。1分経つ前に顔を上げたので、もう一度罰を受けてもらいます。今度は1分間、耐えれるといいですね」




