エピローグ
お父さんと一緒に丘を下ると、二人は立ち尽くしたまま、じっと空を見つめていた。
塵になった星が、まだ少しだけ降り注いでいた。その余韻みたいなものが、何だか心地よかった。この世とあの世の間にいるような、そんな気がした。
再び姿を見せた月には、微笑みかけられた。
***
これは後に、小春から聞いた話となるけど、私を待っている間、小春は隕石落下の恐怖で、慌てふためいていた。
そして隣でずっと空を見ていた神沢は、空全部を星が覆い尽くしたとき、小春に向かって、ルーク・ブルーウォーカーの話を熱弁し始めたらしい。少年のように目を輝かせて。これはルークの仕業なのだと、信じてやまなかったと言っていた。
また発動した……ルーク妄信キャラが——。
あと——神沢には、手袋は洗濯をして、ペンライトは新しい物を買い、きちんとお礼を伝えてから返した。
ペンライトを選ぶ際は、何だかプレゼントを渡すみたいでドキドキしたけど。
いくつものウェブサイトを何度も行き来を繰り返した結果、キャンプなどで使用できる無難な物に落ちついた。
***
「——おー、ひょっとして飛月か? 皆んなおっきくなったなー。そっちは小春ちゃんだろ?」
お父さんの声かけに、神沢は感動を隠せず、あなたに会えて感無量です、みたいな表情をしているのを目にして私は呆れた。
そもそも、ルーク・ブルーウォーカーとお父さんが同一人物というのは、私たちの憶測に過ぎない。
「やっぱ、おれのサイトに頻繁にアクセスしてたの飛月だったんだなー」
そう言って神沢の頭に手をぽんっとすると、「よく行き着いたなー。日本からは飛月ぐらいだぞっ。あんなマニアックなサイトにくるの」
と、お父さんは笑い飛ばした。
「はいっ! ありがとうございますっ!」
そして信者は姿勢を正して答える。
——え、何?
ほんとに同一人物だったの?
てか、何、この会話っ——
やっぱ、お父さんも……サイキック能力を?
本来この能力は誰しも使えるものだといわんばかりの、口ぶりだった。私にはそう聞こえた。
すると心を見透かしたのか、お父さんはおーそうそう、とこっちを見て、
「七海の波動もバシバシきてたぞー。暗黒のどろどろしたやつなっ」と言って大きく笑う。
……ほんと何なんだ。
この会話は。
私は、今後も見据えて辟易とする。
「ああああの……。この、そそそ空は?」
小春は訊くけど、矢継ぎ早に起きた出来事のせいか、まだ動揺を隠せない様子だった。
空は流れる星のおかげで多少は明るいが、まだ夜だった。
この質問にもお父さんは笑い飛ばして答える。
「ごめん! 太陽も破壊しといたっ」
「はあっ⁈」
「まあ、この調子だと、元の日常的に戻るのは、二、三日かかるな」
もう……冗談なのか、本当のことを言っているのか、私には判断がつかなかった。
——そのとき、あいつの声がした。
「ミャオ……」
私にひと睨み入れてから、魔女の猫はお父さんの肩の上に乗る。
そして鳴く。
一件落着とばかりに。
満面の笑みを浮かべて。
部屋の窓からは満点の星が見えた。
お父さんが言った通り、太陽が、朝、東から上り、夕方、西へ沈んでいくようになったのは二日後だった。
あのあと、星崎神社からの帰り道では、空を見上げながら星の話をした。たくさんの星の話を。
近所のケーキ屋さんに寄って、お母さんの好きなシュークリームも買って帰った。
——階下のリビングが騒がしい。
三日三晩こんな感じだった。いや、日中もか。
お父さんの帰還を聞きつけた客人が、次から次へと訪れ、お祭りの打ち上げみたいなことが行われている。
大丈夫なのか? あの人……
たしか……
世間一般的には死んだことになっているはずだったよな……
とちょっと心配しつつも、まあお父さんにとっては、その程度のことなのだろう。そう思うことにした。
「入るぞー」
ドアのノックの音がして、返事をすると、お父さんがやってきた。
「飛月、もう帰るって言ってるけど平気か?」
「あー大丈夫、大丈夫。あとでメールしとくから」
あのお父さん妄信キャラは、見るに堪えない。お母さんやマリアに、茶化されるのもウザいし。
「おー、今日は星がきれいに見えるなー」
お父さんも窓を少し乗り出した。
「あ……」
そのとき、ふと思い出した。
毎日のように、お父さんと星を眺め、流れ星を見つけるたびにしていた願い事のことを。
あれだ——
南の空の高い位置に輝くオリオン座……
私の願いは、
あの星へお父さんを連れて行くこと。
オリオンの腰の位置にある真ん中に並ぶ三つの星へ。
白い息が空彼方へと飛んでいく。
何だか、やっぱ時間の概念っておかしいな、って気がした。
これは少しばかり確信めいた結論である。
ほんとは——
時間は、未来から過去へと流れているのでは?
優しく見守るように輝く星たちが、そう思わせる。
何故って、
それは……
知っているから。
厳しい寒さが和らぎ、柔らかな風と共に草花の芽吹く頃。
私は頭の中で……
大きな池のある公園の桜並木を、
神沢と二人で歩いている姿を、創造しているのだから。
お父さんの手が、私の肩に、ぽんっと触れた。
そして、歩き出したお父さんは、ドアノブに手をかけると、立ち止まって振り向き、こう言った。
「七海、物語はまだまだ序章だ!」