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59話 愛の戦士


「星宮ーーー!」


 私は、ほっと肩を撫で下ろす。

 前方から走ってきた自転車は私の前で止まった。神沢はすぐに自転車を回転させ反対方向に向ける。


「神沢、どうして……」

「さっき星崎に着いて、急いで駅から走ってきた」


 神沢は軽く息を切らしながら照れ臭そうに、ちょこっと頭を掻いた。


「神沢、この空、大丈夫かな……て、てか小春が……あ、それよりも……」


 伝えたいことがありすぎて、私は何から話せばいいのかわからずあたふたしてしまう。

 そんな中、神沢は自転車を跨いでペダルに足をかけると、精悍な面持ちで手を差し出す。


「どこ行けばいい? 早く乗って! 大丈夫だからっ」


 語尾の強さから一生懸命さが伝わってきて、その真剣な眼差しは私の不安を消し飛ばす。こんな頼もしい神沢は初めて見た。

 いや……二回か。



 自転車のライトが照らすまま進み、程なくして片側一車線の道路に出ると、車のヘッドライトで視界が明るくなった。行きも向かいも車はびっちりと埋め尽くされていた。

 大渋滞の理由を知るのに、さほど時間は必要なかった。

 スピードが少し上がる自転車に合わせて、私は神沢の腰に掴まると、目の前の信号機が誤作動を起こしていることに気づいた。

 どれも光を一切発することはなく沈黙を貫いている。

 自転車を降り手を上げ、慎重に車の間を()うように横断歩道を渡り、私はまたすぐ神沢の自転車の後ろへ飛び乗る。さっと神沢はペダルを動かす。

 衝撃の光景だったけど、私はあえて口をつぐんだ。



 次の交差点では数人の警察官たちが笛を鳴らし、小気味良く車や歩行者の誘導をしていた。私は即座に自転車を飛び降り、誘導されるがまま神沢が押す自転車の後をついて行く。悪びれる様子もなく。

 私たちが向かう先の車線は比較的車は流れていた。

 神沢は後ろを何度かちらちらと数回振り返り、私の目をじっと見つめる。ここから先は大通りを避け、路地裏から星崎神社まで抜けることが可能だ——

 横断歩道を渡り切ったところで神沢が声を上げた。


「星宮、乗ってっ!」

「はいっ!」


 私は意図を汲み神沢が差し伸べた手に引かれるように自転車の後ろに飛び乗った。神沢の自転車は勢いを増して進んで行く。

 そもそも自転車の二人乗りなんて検挙する暇もないだろう。こんなにも皆が大パニックを起こしているときだ。

 このまま警察官を掻い潜れる。

 そう思いたかった。

 のはずだった……なのに——


 ええっ⁈ 何故そうなる……


 背後からものすごい笛の音が何回も鳴った。

「そこの自転車降りなさいっ!」

 背後から誘導していた警察官の拡声機音が聞こえた。

 すると即座に振り向き「星宮、飛ばすよ」と視線を一瞬合せる神沢に、私は強くうなずき決意を固めた。



 なびく髪の毛を落ち着かせるように、私は神沢の背中に身を寄せ、さすがにここまでは追ってこないだろ、と願った。警察は忙しいのだ。

 他人に怒鳴られることなんて滅多にないから、内心は心臓爆発しそうだけれども。


 勢いよく一つ目の路地を左手に入り、自転車はさらに加速して行くと、頼りない街灯が一つ、二つ、三つとチカチカ路地裏を照らしている。気づけば辺りは暗く、空はいつもと変わらない夜と何ら遜色なくなっていた。


 一部を除いては……。


 私は神沢にしがみつき、ただただ路地裏の建物の向こうの方で赤色に燃える空を見ていた。


「二人乗りの自転車止まりなさい!」


 そのときだった。怒涛に吹き荒れる嵐の中を縫うようにパトカーからの警告が聞こえる。


 ——ええっ⁈ 何で⁈


 振り返るとパトカーの姿が見えた。


「神沢っやばいっ!」


 私は叫ぶ。

 サイレンの音を引き連れたパトカーは赤色灯を光らせ路地裏へ入ってきた。


「どうしよーー⁈ 神沢っ! 警察追ってくる!」


 パトカーのヘッドライトの光は、みるみるうちに距離を縮めてきた。

 すると神沢は「このまま行く! しっかり掴まっててっ」前を向いたまま自転車を加速させて行った。


「そこの二人乗りの自転車、早く降りなさい!」


 再びパトカーの中から女性警察官の警告がきた。今度のマイクの声は、さっきとは違い子供を叱りつけるようだった。


 この大人たちは本気だ——

 パトカーはもう目と鼻の先まで迫ってきた。

 このままじゃ捕まる——

 どうすれば……


 ここまでか——


 そう半ば諦めかけたとき、突然クラクションの音が聞こえた。

 車とは別の音だ。


 たく……次から次へと。「今度は何っ⁈」

 ぱっと横から刺した一筋の光に目をやると、右手の路地からクラクション音を何度も鳴り響かせながら一台のバイクが飛び出してきて、自転車と並走してきた。


 スーパーカブだ。


「主らっ! 楽しそうじゃのーー!」

「重さんっ!」

「主ら青春じゃのーー!」


 パトカーのライトに照らされ、青色の原付バイクにまたがる重さんの黒色の服に散りばめられた赤色と青スパンコールがキラキラしていた。


「重さんっ。何してんのっ⁈」


 私は声を上げ、頭の中の状況整理は全く追いつかない状況だったけど、ギラついた戦士のようなオーラを横にふと思い出した。

 そういえば、いつの日だったか噂好きの女子会で耳にした話があったな、と。


 気がついたとき、ゴーグル越しの重さんの目と視線が合い、そのあと反射的に横を向いた神沢とも一瞬だけ重さんと目を合わせていた。

 そして、何かを察したのか重さんは、


「あとは、じじいに任せてときゃー!」


 まるでこれから雑魚モンスターの狩りにでも行くかのような雄叫びを上げ、被っていたヘルメットを外し、空めがけて放り投げた。


 ええー! ちちちょっと! 何してん——


 私が驚く間もなく、パトカーのフロントガラスに落下した鈍い音と急ブレーキ音が聞こえた。

 そして重さんは道を塞ぐようにして、バイクを道の真ん中とパトカーの前に止めると、パトカーのサイレンの音と警察官の怒鳴り散らすような声で辺りは騒然とし、事の重大さが一瞬で伝わってきた。


「重さぁぁんっ!!」


 私の声は、事件現場の騒動により無情にも掻き消される。


 遠のいていく小さな背中。


私はさっき、一瞬、脳裏をかすめた戦士の姿と重ね合わせた。

 前に、お母さんたちが近所の井戸端会議みたいな雰囲気で、話をしているのを耳にしたことがあった。


『パピヨンには内緒なんだけどさ……。昔、重さんって、パピちゃんの恋敵だったらしいよ——』


 そう……

 仕事先でマリアに出会った重さんは一目惚れをし、マリアが仕事の帰り道で露出狂に遭遇したと聞いてから星崎町の警備をしている。

 ずっとあなたを守り続ける、と求婚を断られたその後も、今も……。


 私は、段々と遠のいて行くパトカーの赤色灯が点滅している事件現場を見つめながら、重ねて思い出した。


 マリアの好きな花を……


 マリアはおじいちゃんの家に咲いていた(らん)の花が好きだと言っていた。

 初夏の頃に紫色の蘭の花が玄関先にたくさん咲いたと。


 ……ああ、それともう一つ——


 紫蘭の花言葉は『あなたを忘れない』。


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