58話 決戦のとき
う薄暗い……
ここはどこ?
ひんやりとした静けさの中で、耳の奥の方で耳鳴りが、きーーんとずっとしていた。
天井を見つめ、いつもの四角い空だとわかり安堵しものの、微睡の中で、しばらく意識が現実と夢の中で混在している。もはや、どっちの世界が現実なのかさえ、曖昧に思えた。
てか——今、何月何日⁈
私は夢について振り返るよりも先に、掛け布団を蹴り上げ起き上がる。
スマホ、スマホ——
慌てて見つけるけど電源が入っていなかった。次はカーテンを勢いよく開けた。
まだ夜? 窓の外も薄暗かった。
冷たく肌を刺す風はどんよりとしていて、どことなく薄気味悪かった。
すぐスマホを手にする。しかし電源が思うように入らない。何で? 充電器は刺さっているのに。
机の上の電気スタンドのスイッチを入れて教科書を探す。
どさどさと、いろいろな書籍類が机の上や床に散らばっていく。スタンドの照明は弱々しく、ちかちかしている。あった——
机の上で教科書を開き、平成の歴史年表を確認した。あった——
スマホを手に取り、急いでマフラーとコートを持って部屋を飛び出した。——神沢が言ってたことあってたんだ。
私は階段を駆け降りて行く。
リビングへ走り込むと、お母さんと快晴が、何やら不穏な面持ちで窓を見ていた。
暗くて時計を確認できない。「ねえっ、今、何時っ⁈」
「なあーに? 今頃、起きてきて。呼んでも全然起きてこないんだから。それよりも見てよ。変な天気なんだから。電気もさっきからついたり消えたり」
たしかに電気はどれもついていなかった。二人はちらりと私に視線を移すも、すぐにまた外を見た。「母さん、この世の終わりなんじゃね?」
「やばいわね。最期に何、食べようかしら」
お母さんは快晴の言葉に冗談を言っている。「おれはラーメン食いたいわ」
「お母さんはメロンね」
そんな、のほほんとした空気が私を苛立たせる。
「だから、何時なのっ?」
お母さんは、どうしたの? そんなに慌てちゃって、と不思議そうに振り向き「もう、お昼に決まってんじゃない」
と言う。
「はあ⁈ 昼ー? こんなに暗いのに?」
私が驚きを隠せないでいると、「だから言ってんじゃん。さっきから変な天気だって。月が見えるんだから」
とお母さんは首を傾げる。
「それより、さっき小春ちゃんが来たわよお。おかしな天気になる前だけどねぇ」
小春も気にかかるけど、それよりも確認しなければいけないことがあった。「今日って何日っ?」
そう訊きながら私はコートとマフラーを身につけた。
「ほんとどうした? 慌てちゃって」
真剣な私を茶化すようなお母さんの声が、とにかく鼻についた。「早く! 何日っ?」
「※月※日」
——夢の中で石版に描かれた日付だった。
快晴の声が鼓膜に届いた瞬間に、私はリビングを出て玄関を飛び出した。
「ちょっとー。お昼ご飯どうすんのよーー?」
スマホの電源ボタンを長押ししながら、軽快に冷たく乾いた風を切り裂き、玄関先の階段を下って行く。門扉を勢いよく開けると着信音が鳴った。電源が入った——
「もしもし小春? 今どこっ?」
スマホをタップして通話をスピーカーに切り替え、私は走り出す。
『どどど、どうしよ——てて天気——こわ……わわ』
「え、何? よく聞こえない」電波が悪いのか声が、ぷつぷつと途切れてうまく聞き取れなかった。怯えているのだということはわかった。
私は立ち止まって落ち着いて耳を傾けた。
『なな七の家に行っ——いなく——て——隕石——ちてくるのかなぁぁぁー?』
駄目だ。これじゃあ、らちが明かない。『そそそそ——空……ら』
見上げた空は、さきほど確認したときよりも暗い青色が深く、渋い紫に深いグレーをかけたような瞑色へと変化していた。
空の高い遠くの方では、徐々に黒へと、闇深く侵食していて鬼気迫る恐怖を感じる。ほんとうに今は昼なのだろうか。
十二時十一分。
スマホにはそう表示されていた。
「小春! 大丈夫だから!」
私は言って自分言い聞かせた。「星崎神社に来てっ!」
『あ——ま……たたた——』スマホの電源がぷつんと切れた。
くそっ。何でだ。
何度も電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。いったい何が起こってるんだ。
私は再び走り出す。
すると何かの緊急車両のサイレンの音が、いくつもの方向から聞こえてきて、今にも泣き出しそうな小春の表情が思い浮かんだ。
小春が取り乱すなんて珍しい。何だか自分も心細くなってきて泣きたい気持ちになってきた。
上がったり下がったり自分の感情の起伏の激しさに情けなく思う。
私の声、届いたかな?
唇を食い締めて何もない空を見上げ、ぐっと一度まぶたを閉じた。
そして前を向き直し、大丈夫、きっと大丈夫、と不安を吹き飛ばすように足を速めた。
一つ、二つと路地を越えて、少しだけ広い路地を左に曲がったときだった。
声がしたのは。