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57話 螺旋

 体がお社をすり抜け、水の中を泳ぐような格好で木の根をつたって行く。土の中へ流されるままに、するすると進んで行く。薄暗い空間をなすがままに身を委ねる。さっきまでの研ぎ澄まされていたような感覚はなくなっていた。


 あそこだ。


 しばらく進み、視界に入った階段に沿って下って行くと、そこには孤立した長方形の箱の中で星が煌めいていた——

 ベッド一つ置けるくらいの空間だった。

 辿り着くと、手首のブレスレットが光り始めた。さらに中へと入って行くと、まるで途方もない時を越え、家族との再会を喜んでいるかのように淡く青色によく光った。


 昔の人たちはなんて(いき)なことをするのだろう……


 その澄んだ淡い青と緑色に輝いた光は、どこか心の中に残された幼い感情を揺すぶった。

 私は今、てっぺんからから下まで右も左も、ぐるっと見渡す限り散りばめられた満天の無数のキラキラに囲まれている。

 きっと、おもちゃの宝石箱の中に紛れ込んだら、こんな感じなのだろう。私は少女になりきり、その純粋で曇りのない光を見つめる。それはまるでおとぎ話のような光景だった。


 ……そしてこれが、星崎神社で伝わる叡智。


 大きく手を広げたくらいの大きさがある石版の周りには、推測するに、飾られたたくさんの装飾品が散りばめられていて周りと同じ色で光っていた。真ん中に穴が空いた円盤状の物や先端が一本に針状になる物と、二股に分かれて(かんざし)のような物もあった。

 私は体を宙に浮かせたまま近づいた。


 石版には文字が刻まれていた。


 大小の円、半円と縦、横線を用いた丸っこい文字が、右巻きの螺旋(らせん)で描かれていた。未知との遭遇だった——

 学校の教科書でも見たことがなかった。

 それはものも見事に規則正しい文字列で渦を巻き、隙間なくこと細かに掘られていた。

 目を近づけて読んでみるも、当然私には理解できなかった。じっと見ていると目がぐるぐると回り、高次元にでも迷い込んでしまったのかと思った。


 ——そういえば。


 銀河系も宇宙も原子も皆、螺旋で渦を巻いているという覚えがあった。私たちのDHA遺伝子も二重螺旋構造だったはずだ。

 そう思って石版に手で触れたとき、私の頭の上で一瞬、何か閃いたような感覚があった。

 吸い込まれるように集中し、私は順番に一つ一つ丁寧に読み解こうと触れていった。

 すると一つの文字羅列のところで手が止まった。ゆっくりと一文字ずつ右巻きに手を滑らせていく。時計の針に触れ時間に干渉するかのようにして。


「これって⁈」


 無意識のまま声が出た。

 読み取ることはできない。……でも感じ取ることはできる。

 断片的ではあるけど私の脳裏に映し出された。


 年表?


 これは現代でいう、歴史年表的なものだろうか。多少前後しているものの年月日まで正確に記されていた。

 見えているのは、私が教科書で勉強した歴史そのものだ。おそらく、理解できる文字とできない文字が混在することから、これも私の創造可能な範疇(はんちゅう)なのかもしれない。

 数年前に世界中を巻き込んだパンデミックの感染症についても描かれている。

 この石版が予言なのか、あるいは世の中がこの文字通りに歩んでいるのか……

 私は、そう思って手を止めた。


 そして今、触れている文字。

 これは——

 私がここへやってきた理由そのものだった。


 そう確信めいた気持ちで最初の文字からなぞっていくと、数字は二から始まり、次は0と……それは好奇心と怖れが混在し、とてつもなく長い時間に思えた。

 ほんとに隕石なんて落ちてくるのだろうか……

「えっ⁈」そのとき、

 驚きの声と同時に、何か()き物が、ぽとんと落ちたように私は崩れるようにして床にしゃがみ込む。


 ——手に何かが触れた。


 自分の身に何が起きたのかわからなかった。全身の力が風船の空気みたいに抜けてしまったようだった。

 力なく触れた先に視線を移す。


 ……箱?


 辺りの装飾品と同じように劣化した四角い箱がぼんやりと見えた。すると、


 ——あれ?


 視界が、がくんと下がった。私は倒れ込んでしまう。

 頭の中で何か嫌な予感が騒めき立つ。


 ——やばい。


 何か危機迫るものを感じた。

 このまま力尽きたら部屋に戻れない——

 不思議な夢についてメールをしたことがある。そして友ちゃんの返信はこうだった。『深入りは禁物。帰ってこれなくなる』。

 半端な私が無茶をした。

 視界がぐるぐると回る。


 ……もう駄目かもしれない。


 最後の力を振り絞って箱に手を伸ばした。

 きっとここの中に竜の石が……

 ギリギリのところで蓋に触れる。

 それは蓋をわずかにずらした瞬間だった。

 箱の中から漏れ出した二色の(まばゆ)い輝きは閃光(せんこう)を貫き、私の視界を真っ白にする。


 そこで私ははっと夢から覚める。

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