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55話 夢の中のそのまた夢

 微動だにしない木の葉は作り物みたいだな……


 丘の上に堂々と(そび)え立っていた御神木も上から見下ろせば、幾分か小さく見えて可愛くもあった。欠けた月が、しっとりと柔らかい明かりで照らしている。

 何だか、未完の月も心地が良かった。煌々と輝き放つ満月よりか、(しょう)に合っている。こっちの方が私っぽい。

 ああ、この世界は私が創造したのだな……

 心の中でそう呟き、ゆっくりと空の上から御神木に近づいて行った。

 心臓の鼓動も時間の流れも感じないのに、一秒、一秒に胸が高まった。

 呼吸もないのに。まるで流れ星を見つけた子供のように、どこか吸い込まれていくようだった。


天津甕星(あまつみかぼし)さま、上から失礼します……」


 私は目を閉じて、願いを込めるよう(ささや)いた。

 ここからは神さまの領域だ。まだ御神木に手が届くには程遠いけど、辺りいっぱいに佇む空気がそう思わせた。


 えっ、何?

 そのときだった。


 御神木の葉が一瞬ざわついたように揺れたのは。

 次の瞬間、星が弾けたみたいに、光が目の奥の方に急に飛び込んできて、私は目を細める。視界が白っぽく(かす)む。

 そして慌てる間もなく閉じたまぶたをそっと開らくと、二つ後ろ姿が見えた。御神木に背を向け、丘の端から星崎の町を見下ろしている。


 何だ?

 これは……

 夢の中のそのまた夢?


 私は宙に浮いたまま、さっきと同じ位置から眺めている。空には星たちが無数に散らばっていた。

 置かれた状況の整理はできないけど、すぐにわかった——

 目の前にいる二人が誰なのかは。

 詰襟(つめえり)の男子学生用の制服姿の二人が、お互い顔を横に向けて談笑している。

 生意気そうに誇らしく得意げな表情で笑うのが、星宮ひかるで、どこか一歩引いたように控えめに微笑むけど、その眼光からは確信に満ちた使命のようなものが滲み出ているのが、神沢守だ。

 あの写真のままだった。すみばあちゃんの家で目にした。


 そうか……


 この世界はてっきり自分のものだと思い込み必死に生きていたけど、おそらく私の思い違いだ。

 この夢も、夢であってそうではないのかもしれない。私が生きていると認識している世界は、そんな簡単なものではないのだろう。漠然と思った。


 私が手繰り寄せようとしていた糸は、たくさんの人たちの思いが折り重なるように、少しずつこの世界を干渉して、また創造を繰り返していく。そして今、目の前の世界は二人が創り出した世界であり、私はお父さんが創造した世界に見せられて、この夢の中へとやってきたのだ。

 そこにはもちろん、神沢のお父さんや、神沢の思いも絡み合っているのだろう。

 ——だから今、

 私の頭の中に映っているお父さんの記憶も、私が創造しうる範疇(はんちゅう)にすぎないのだと解釈した。


 映像はお父さんの幼い思い出から、光の速さみたいに一気に流れていく。頭が破裂しそうだ。自分でも驚きだけど、体感としてはほんの二、三秒ほどの出来事だった。


 幼い頃は遊びの天才と呼ばれ、毎日いっぱいの友達に囲まれていたお父さん。でも、幼稚園の劇の発表会は仮病を使ってズル休みをしている。赤面症で大勢の人の前は大の苦手だった。


 私と一緒だったんだ……


 ひかる父とすみばあちゃんは、嘘か本当なのかわからず困った顔をしている。

 小学校に上がると、テストの点数が思わしくなく不満だった。でも、ひかる父とすみばあちゃんが答案を喜んで笑っているから、嬉しかった。ひかる父は、こんな答え書けるなんてすごいぞ! と言って、すみばあちゃんにテストを保管させた。

 小学三~四年生での習い事は全部途中で辞めた。スイミングスクールは迎えのバスに乗るふりをして公園で暇をつぶしてから、水道蛇口で頭を濡らして帰り、英会話とそろばんは、弟に、先生に適当に嘘ついとけ、と仮病で休んでいたけど、それはすぐにばれた。

 しかし剣道だけは逃げられなかった。先生がすみばあちゃんだったから。そのあとも、ひかる父の転勤が続き、いくつか引っ越しを繰り返したが、剣道だけは続けた。

 この頃から、すみばあちゃんはパートの仕事に翻弄されるようになり、次第に勉強ママへと変化していった。それは、ひかる父も同じだった。朝から夜中まで毎日仕事で余裕がなくなり家族との会話はなくなる。

 そんな二人の姿が、お父さんにはうんざりだった。馬鹿にしていた。サラリーマンなんてと。中学、高校と自由を求めた。

 そんな中、お父さんは大学を中退する。ひかる父は激怒するも、すみばあちゃんが仲裁に入る。

 しかし、お父さんは会社を起こしたのち、ひかる父の実家の大規模な修繕をする際に、お父さんの会社が請負という話が持ち上がったのだったが、ひかる父が、もっと大きい信用できる会社に頼むからいい、と断ったきり二人の仲は疎遠となってしまった。

 根っからの学歴主義者の父親を見て、お父さんはずっと、どこかさみしく感じていた。

 それらの感情をうっぷんを晴らすかのように、事業は地域でたくさんの人たちに頼りにされ、みるみるうちに拡大していった。皆が互いに思いやり、助け合って生きていく。お父さんの理想だった。


 ここで、人脈も広がり資金にも目処が立ち、

 そして、覚悟する。

 友との約束を果たすために。


 それからはごくごく平凡な日常を送った。

結婚して、快晴が生まれてからは、労働時間を早朝からに切り替え、毎日十六時には帰宅し、何よりも家族との時間を大切にした。

 私が誕生する頃には、お母さんが住みたかった地域の家を購入し、町内の交流にも積極的に参加するようになる。


 ——これがお父さんが創造した世界。


 平成で描かれる一般的な日常は、自身の掲げた常識外れた志しによる反動みたいなものもあったのかもしれない。

 でも、そこに描かれた私たち家族とのカラフルじみた時間は、お父さんにとって、かけがえのないものなのだということが、手に取るようにわかった。


『星が降る日には帰ってくる』


 そう、笑顔で最後の別れを告げ、家を出たあと……


 お父さんは泣いていた。

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